交際期間0時間の花嫁 ――気がつけば、敏腕御曹司の腕の中――
「へええ」

 素直に感心してから、私は慌ててかぶりを振った。

 映画やドラマではこういう場合、早起きして朝食を用意するのはたいてい女性の方だろう。それなのに実際は買いものをしたのも、キッチンに立っているのも長瀬さんで、私はすでに出遅れてしまっている。

「そ、そうじゃなくて、朝ごはんはおく――」

 朝ごはんは奥さんが作るものでしょ、と言いかけ、私はまた勢いよくかぶりを振った。

(いや、本当は奥さんじゃないし……ていうか、契約の延長を頼まれたわけだから、もしかして私は奥さん? ていうか、そうじゃないとしても、この状況はちょっと……あ、でも、契約についてはひと晩考えさせてもらうことになってたし……)

 ひとりでグルグル考え込んでいる私を、長瀬さんが不思議そうに見ている。

「どうしました?」
「いえ、何でもないです。えっと、それじゃ何かお手伝いさせてください」

 とにかく、ただぼんやり立っているのはいたたまれなかった。エプロンを取りに戻るため、振り向こうとした時だ。

「みずほさん」

 長瀬さんが足早に近づいてきた。と思う間もなく右手をつかまれ、軽く引っ張られる。

「さあ、座って。すぐにできますから。だいたいホットケーキなんて、手伝ってもらうような料理じゃない」

 私をソファに座らせ、長瀬さんはキッチンに戻りかけたが、ふと足を止めて振り向いた。

「よかったら今日、買いものにつき合ってくれませんか? ここ、もう少し家具を揃えようと思うので」
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