交際期間0時間の花嫁 ――気がつけば、敏腕御曹司の腕の中――
 長瀬さんはキッチンの手前に視線を投げた。

「食事用のテーブルと椅子を探したいんです。一緒に選んでください」

 この広いリビングはダイニングスペースや、アイランドキッチンを一体化した開放的な設計になっている。だが、ダイニングテーブルや椅子はなかった。
 確かに身体が沈み込むソファでは、食事がしにくいだろう。

 白い大理石の床、ゆったりしたダークオレンジのソファ、楕円形をしたグレーの寄木細工のセンターテーブル――ピクルスが置かれた一角もいいアクセントになっているし、落ち着いて見渡すと、ここも相当におしゃれな空間だ。

(ダイニングは、思いきりモダンなデザインでも似合いそう)

 インテリアを考えるのは大好きだから、頭の中でいろいろなイメージが膨らんだが――。

(だめよ、みずほ。落ち着きなさい)

 私は目を閉じて、ひとつ息を吐いた。
 
 そもそも私が手伝う必要なんてあるのだろうか? 
 長瀬さんなら自分でちゃんと整えられそうだし、ここはいつか私以外のちゃんとした奥さんが住む場所なのだ。

「あの、長瀬さん」

 私は目を開けて、ソファから立ち上がった。

「昨日おっしゃっていた契約のことですけど……やっぱり無理だと思います。だから、お買いものもおひとりでいらしてください」

 長瀬さんは間違いなくいい人だ……たぶん。
 昨夜も優しかったし、ずっと礼儀正しかった。それに――。

 ――ちゃんと明かりがついていて、俺の家にあなたがいてくれると思ったら、たまらなくうれしくなりました。

 ひと晩たっていても、彼の言葉の破壊力はかなりのものだった。

 だから朝食を作ってもらったり、一緒に家具を選んだりしたら、きっと収拾がつかなくなる。たとえ契約でも、こんな衝動的な結婚……私にはありえないのに。
< 36 / 62 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop