交際期間0時間の花嫁 ――気がつけば、敏腕御曹司の腕の中――
 不測の事態に振り回されて思い悩むのは、もう終わりにしたい。
 とはいえ、せめて最後に長瀬さんに誠意を見せるべきだと思った。
 
 私は彼の前に立ち、「いろいろお世話になりました」と深く頭を下げた。少なくとも長瀬さんのおかげで、取り残され た悲しい花嫁にならずに済んだのだから。

「では、これで失礼しま――」

 ところが挨拶の途中で両肩をつかまれ、そっと身体を起こされた。

(えっ?)

 すぐ前に、長瀬さんの顔がある。
 いつの間にか、二人の距離は息がかかりそうなくらい近づいていたのだ。

「あの――」
「みずほさん、実はあなたにまだ言っていなかったことがあります。結論を出すのは、それを聞いてからにしていただけませんか?」

 応える間もなく、そっと身体を引き寄せられる。

「な、長瀬さん?」
「俺はあなたが大好きです。初めて会った時からずっと」

 次の瞬間には、唇にあたたかいものが触れていた。

(……な、何?)

 その柔らかいぬくもりが彼の唇で、自分がキスされているのだと認識できたのは、数秒後のことだ。
 長瀬さんは、なおも遠慮がちな優しいキスを繰り返していたけれど――。

「離して!」

 気づいた時には私は彼を突き飛ばし、家の外へと走り出ていたのだった。
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