交際期間0時間の花嫁 ――気がつけば、敏腕御曹司の腕の中――
 手紙を持ってきたのはベルボーイで、正面玄関のそばに立っていた時に渡されたという。
 その時のことを詳しく聞きたかった。

 圭介さんは急いでタクシーで立ち去ったそうだ。それも結婚式用のタキシード姿ではなく、ごくふつうの格好で。

(いったいどんな顔して、そんなこと――)

 そう考えた時、廊下を進む足が停まった。
 私がこれから結婚するはずだった圭介さん――その人の顔がうまく思い出せなかったのだ。

 背が高くて、涼しげな目元をしていて、笑顔が優しい人だった……はずなのに、なんだかぼんやりとしか彼の容姿を覚えていない。

 桐山圭介、東京郊外の出身。
 小学校から大学まで公立校で学び、大学の経済学部在学中に公認会計士試験に合格。
 卒業後は有名監査法人に入社して、順調にキャリアを積み、二年前にさらに大手へ転職。
 多忙ながらも充実した毎日をおくる三十二歳。

 ――落ち着いていて、穏やかで、とてもいい方よ。ご実家も会計事務所をなさっているの。いずれはあとを継がれるでしょうから、将来的にも安心だし。みずほちゃん、こんないいご縁はなかなか見つからないわよ。

 彼を紹介してくれたのは世話好きな親戚のおばさまだが、確かにかなりの優良物件に思えた。
 合コンに参加したり、婚活アプリに登録したりしても、なかなかこれといった男性に巡り合えずにいた私にとって、ほぼ理想どおりの存在だったのだ。
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