交際期間0時間の花嫁 ――気がつけば、敏腕御曹司の腕の中――
「えっと、失礼……します」

 私は周囲を見回しながら、小声で挨拶してみる。

「由貴たちはここで待っててくれる? 荷物を持って、すぐ戻ってくるから」
「うん、わかった」

 インターフォンを押しても反応がないし、家の中は静まりかえっているけれど、本当に長瀬さんが留守にしているとは限らなかった。もし由貴やタカくんを引き連れて彼と遭遇してしまったら、やっぱりバツが悪い。私はひとりでゲストルームへと急いだ。

 もともと荷物は多くない。しかも昨夜のうちにまとめてあったので、すぐに出られるはずだった。
 静かにドアを開けると、部屋の中は朝に出ていった時のままで、誰かが中に入った様子はない。

「……よかった」

 私は簡単にベッドを整え、バッグとスーツケースを持った。本当はきちんと整えていくべきだが、今は時間がない。私はひとつ頭を下げて、ドアへと向かった。

 ゲストルームは玄関の近くにあるので、後は出ていくだけだ。
 部屋を出ると、待っていた由貴たちが安心したように笑顔になった。

「みずほ、早く!」
「うん」

 スーツケースを手に玄関へと急ぎながら、私はふと後ろを振り返った。

 リビングルームへと続くドアは開いている。あいかわらず何の音もしないが、急にそこが気になったのだ。どうしてかわからないけれど、このまま出ていってはいけないような――。

「みずほ?」
「ごめん、由貴。ちょっとだけ待ってて」

 私は由貴にスーツケースを預け、リビングルームへと歩き出した。
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