交際期間0時間の花嫁 ――気がつけば、敏腕御曹司の腕の中――
 もちろん結婚を決めたくらいだから、何回もデートして、互いの家族にも会っている。
 それなのに今の私には、圭介さんの顔がはっきり思い浮かべられなかった。

(どうして?)

 正直に言えば、恋をしていたかどうかはわからない。

 圭介さんに胸がときめくこともなければ、彼に会いたくて泣いたりすることもなかった。でも隣にいれば安心できたし、彼の落ち着いた物腰も好きだったのに――。

(……やだ)

 私は唇を引き結ぶ。

 自分がいつの間にか過去形でばかり考えていることに気づいたのだ。まるで圭介さんとの関係がすっかり終わってしまったかのように。

「し、しっかりしなきゃ」

 気を取り直して歩き出そうとした時、向こうから誰かが歩いてくるのが見えた。

 長身の男性――年齢は圭介さんと同じくらいだろうか? 
 広い胸。モデルみたいに腰の位置が高く、手足が長い。上質そうなブラックスーツを完璧に着こなしていて、つい視線が吸い寄せられてしまう。

 次の瞬間、その人と目が合って、息が止まりそうになった。

 ひとつめの理由は、そうせずにいられないほど端正な顔立ちをしていたから。
 そしてもうひとつの理由は、その美麗な彼が親しげに微笑みながら、「どこへ行くんですか、みずほさん?」と声をかけてきたからだった。
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