交際期間0時間の花嫁 ――気がつけば、敏腕御曹司の腕の中――
「えっ?」

 とまどう私を見つめ、長瀬さんはもう一度頭を下げた。

「よかったです、あなたがいてくれて……すごく安心できましたから」
「いえ、私は別に……」

 率直な感謝にちゃんと応えたかったが、私は何もしていない。だが返事を探しているうちに、その視線は素早くそらされてしまった。

「俺たち朝からばたついていて、何も食べていませんでしたよね。体調も戻ったから、飯にしませんか?」
「……めし?」

 全然気づかなかったけれど、私が寝ている間にデリバリーで松花堂弁当が届いたのだという。

「ゆう兄さん、あ、いや、北山先生が手配してくれたんです。近くにある評判の和食屋さんのものだそうですよ。あの人、昔からこういうことにすごく気が回るっていうか、差し入れひとつにしても手を抜かないというか……ったく、かなわない」

 肩を竦める長瀬さんはなんだかいつもより早口だった。

 あんなことがあったのだから、いたたまれない気持ちでいるのは私だけではないのかもしれない。それに、ほとんど完璧に思える彼にもかなわない相手がいるらしい。
 そう思うと、少しだけ気が楽になった。

「じゃあ、ありがたくいただきます。あの、顔を洗ってきますから、少しだけ待っていただけますか?」
「ええ、もちろんです」

 一度は逃げ出したはずの相手と一緒に、それも二人きりでごはんを食べようとしている――そんな状況に困惑しながら、私は長瀬さんの寝室を出た。
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