交際期間0時間の花嫁 ――気がつけば、敏腕御曹司の腕の中――
「わあ」

 経木の折詰の蓋を開け、私は思わず声を上げた。

 木の芽をあしらった扇形の筍ごはん、桜色の真薯、青菜入りの卵焼き、ローストビーフと海老の旨煮――他にもいろいろ詰められていたが、北山先生が用意してくれたのは、いわゆる花見弁当というものらしい。ゴージャスだし、春らしい彩りで、とてもおいしそうだ。

 というか実際、本当においしかった。ふだんなら、きっとひと口食べるたびにしみじみ幸せな気持ちになったことだろう。

 ところが今の私はそれどころではなかった。いつの間にか夕方になっていたから、おなかだってすいているはずなのに、あまり食べる気になれない。

 なにしろテーブルの向かい側には長瀬さんが座っているのだ。しかも何か考え込んでいるようで、ずっと眉を寄せていて、箸もほとんど動いていない。
 顔色は悪くないし、もう大丈夫だと言っていたけれど、実はまだ具合が悪いのかもしれなかった。

「お茶、淹れ直しましょうか?」
「いえ、大丈夫です」

 状況が状況だけに、会話もまったく弾まない。

(空気が……重い)

 こんな時はいったいどうしたらいいのだろう? もし友だちや恋人なら無理にでもベッドに連れていくのだが、長瀬さんは私の夫で……その上、「仮」がつく微妙な相手だ。

 とはいえ、不調ならやっぱり休むべきだと思った。北山先生も、長瀬さんはたまに限界を忘れちゃうみたいなことを言っていたし。

(よし!)

 思いきって長瀬さんに声をかけようとした時だ。逆に「みずほさん」と呼びかけられてしまった。

「はい」
「これを食べたら……帰っていただけませんか?」
< 56 / 62 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop