交際期間0時間の花嫁 ――気がつけば、敏腕御曹司の腕の中――
「みずほ」

 離すまいとするように腕に力がこめられ、頭上で甘い低音が響いた。長瀬さんは髪に鼻先を埋めているようだ。

 かすかに揺れる切羽つまった声、私を包むぬくもり、伝わってくる力強い鼓動、それからふいに呼び捨てにされたこと――もはや逃げ道のない状況に追い込まれて、脈が怖いくらいに速まっていく。

(私、長瀬さんと――)

 これから起こることを思うと、どうしようもなく怖いし、恥ずかし過ぎて、今すぐ逃げ出したくなった。

「みずほ……みずほ」

 それでも名前を呼ばれるたびに、背筋に甘い震えが走る。まるで心から彼に身を委ねたがっているみたいに。そう。今の私は橋を渡って、先へ進みたいのだ。


「俺を見て」

 優しく顎先をすくわれ、顔を上げると、潤んだ瞳と視線が絡んだ。

「君が好きだ……みずほ」
「わた――んっ!」

 答えを返す前に、長瀬さんはキスで唇を封じてしまった。

(……えっ?)

 初めてではなかったし、今朝も同じことをされたのに、その口づけは今までとは全然違っていた。
 長瀬さんはどこまでも優しくて、私に対する気遣いも感じる。それでいて伝わってくる熱量は比べものにならなかった。そのせいなのか、触れては離れていくぬくもりを追いかけずにいられない。

 何度か軽く唇を合わせていると、ふいに隙間から舌が入り込んできた。

「ん、うっ!」

 いろいろなキスがあるとわかっていても、未知の感触に思わず身体が跳ね上がる。
 すると宥めるように髪を撫でられ、そっと頬ずりされた。

「みずほ……かわいい……すごく」

 心から愛おしむような声音で囁かれた途端、脚から力が抜けて立っていられなくなった。
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