交際期間0時間の花嫁 ――気がつけば、敏腕御曹司の腕の中――
 くずおれそうになったところをすかさず支えられる。次の瞬間、身体がふわりと浮き上がった。

(何?)

 いつもは頭ひとつ上にあるはずの長瀬さんの顔が、なぜか同じ高さに見える。しかも互いの息がかかりそうなほどの近さで。

「えっ? ええっ?」

 私は長瀬さんに抱き上げられている――唐突に状況を認識して、頭が真っ白になった。

「お、下ろしてください!」
「だめです。立っていられないでしょ?」
「でも――あ、んっ!」

 反論しようとすると、再び唇を奪われた。

 もしかして私の抵抗を封じようとしているのだろうか。今度のキスはずっと濃厚で、遠慮がなかった。
 いたずらな舌先は歯列をなぞり、頬の内側をくすぐって、さらには私の舌を絡め取って、そっと吸い上げる。
 
「ん、んん――」

 それがあまりに気持ちよくて、うまく息継ぎできないまま、ただキスに翻弄されてしまう。

 長瀬さんがゆっくり歩き始めたことに気づいたのは、その時だった。
 寝室に、そう、彼のベッドに向かっているのだろう。二人が結ばれるために。

(だめ!)

 私は慌てふためいて、長瀬さんから身を離そうとした。

「どうしたの?」
「あの、私、その」

 もちろん今さら彼を拒むつもりはない。
 けれど朝からいろいろあって、ずいぶん汗をかいた気がする。そんな状態で彼に身を委ねたくなかった。
 だけど、こういう時は何て言ったらいいんだろう? 経験値が低過ぎて、どうしたらいいかまるでわからない。

「あ、汗が、つまり、あの」
「シャワーを使いたいの?」
「はい、そうなんです!」

 意図が通じて、私は思わず笑顔になる。
 すると長瀬さんもうれしそうに頷いて、「じゃあ一緒に」と弾んだ声で答えたのだった。
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