交際期間0時間の花嫁 ――気がつけば、敏腕御曹司の腕の中――
「それに冗談だとしたら……全然おもしろくないです」

 一瞬、すべてがサプライズなのではないかと思った。いったい何の意味があるのかわからないけれど、今にもどこからか圭介さんが現れて、苦笑いしながら謝ってくれるんじゃないかと。

 ところがそんなことはまったく起こらず、長瀬さんは一歩前に出た。

「気を悪くされたのなら、本当に申しわけない。だが、冗談ではありません」
「だって、どうして私とあなたが結婚なんて――」

 ちょうどホテルのスタッフが通りかかり、私は慌てて声のトーンを落とす。

「あの、どうして私たちが……結婚しないといけないんですか?」
「困っているからです。あなたも、俺も」
「はっ?」
「圭介は消えてしまったし、俺には時間がない。俺は今、一時帰国中で、明日にはニューヨークに戻りますので」

 簡潔だが、妙に説得力がある口調。もしかしたら長瀬さんは交渉ごとに慣れているのかもしれない。
 しかし、だからといって頷けるはずもない。

「意味……わからないんですけど」
「そうでしょうね。座って話しませんか、みずほさん? ちゃんと説明させてください」

 長瀬さんは辺りを見回すと、少し先のパブリックスペースを指差した。そこにはいくつか椅子が並んでいる。

「わかりました」

 そんな場合ではないはずなのに、私は長瀬さんに続いて歩き出した。
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