恋愛タイムカプセル
episode 1. 初恋の人
────当たりませんように、当たりませんように。
私は祈りながら割り箸製の即席くじを引いた。割り箸の先端は赤いマーカーで塗られている。その瞬間、私の周りにいた人達がビールジョッキを片手に一斉に騒ぎ始めた。
「篠塚さんあったりー!! こっくはく!」
一人が騒ぎ始めると全員がもれなく騒ぎ始めた。居酒屋で鳴り響く告白コールにうんざりした私は、どうどうと皆を落ち着けてマイクの代わりにコップを持った。
「はいはい、静かにしてください」
「朝陽。罰ゲームだよ。忘れてないよね?」
同僚、森里由香が私を睨む。どうやら有耶無耶作戦は失敗したらしい。
私に課せられたのは賑やかな飲み会につきものの悪ノリした罰ゲームだ。内容は「昔好きだった人をデートに誘う」こと。
酔った人間の考えそうな、斬新でとってもハイセンスな乙女心をくすぐる罰ゲームだ。
「て言ってもね」
「こら、逃げようったってそうはいかないぞ」
専門学校を出て建築事務所に就職して早数年。まだ駆け出しのデザイナーだけれど生活は順風満帆だ。仕事は楽しいし、会社もいい雰囲気だ。けれど、くじ運は悪かったみたい。
私はゲンナリしながらスマホを取り出した。連絡帳を開き、上からスクロールしていく。整理もしないまま追加し続けているから、知り合いの人数が大変なことになっている。ちょっとした知り合いから仕事先まで、その数は百をゆうに超えていた。友達百人どころではない。実際は数十人程度だろうけど。
「どう?」
「待ってよ。今探してるんだから」
同僚たちは待ち切れない様子で私を眺めている。
酷いものだ。人の恋心をおもちゃにするなんて、私が見ている側だったなら────いや、絶対にやっただろう。
私は変な緊張感でドキドキしていた。多分これを考えた人は自分が罰ゲームに当たりたかったのかもしれない。だって昔好きだった人に連絡するなんて、ちょっとロマンチックだ。
私もそこそこ酔っていた。だから、こうして探すことに抵抗はなかった。頭の中には一人しか浮かばない。その人の名前を連絡帳の中からようやく探し出した。
「ありました。ありましたよ。連絡すればいいんですよね」
「告白! 告白!」
また周りが囃し立てる。
「もう、そんなのいきなりできるわけないじゃないですか。罰ゲームは好きな人をデートに誘う、だったはずです」
私は特に何も考えず文字を打ち込んだ。シラフだったらもっと時間がかかっていただろう。何せ相手は、「王子様」なのだから。
『お久しぶりです。突然だけど、もしよかったら今度一緒にご飯に行きませんか?』
とても短い文章の中に礼儀やら挨拶やらを色々詰め込んで、その場にいるみんなに画面を見せた。
「これで送ります」
「えー? なんか堅くない?」
ブーイングの嵐だ。一体みんな私にどんなものを期待しているのか。
「相手は学校の王子様だった人なの。突然軽いノリで送れないよ」
「王子様!?」
同僚達が目をキラキラさせながらテーブルに身を乗り出す。野次馬根性もいいところだ。
「相手って、どんな人?」
由香が尋ねる。私は送信ボタンを押しかけた手を止めた。頭の中に当時の彼────北原春樹を思い浮かべた。
春樹くんは高校の同級生だ。部活やクラスは違ったけれど、それなりに話しをする関係だった。
彼はカッコいい、というより綺麗な男の子で、ちょっと不思議な雰囲気が漂う、ミステリアスな人だった。頭も賢かった。
高校ではかなり人気だったけれど、本当はもっと前から知っていた。それだけ、彼が人気者だということだ。
私は回想を終了し、今の春樹くんに思いを馳せた。あれだけ格好良かったのだ。今頃もっと素敵になっていることだろう。
「格好良くて優しい人だよ」
「ありきたりなイメージ過ぎない?」
「だって、本当のことだから仕方ないじゃない」
私はみんなが見ている前で送信ボタンを押した。「おおー」という歓声が上がり、罰ゲームはあっけなく終了した。
「返事あったら教えてね!」
「ないと思うよ。そんな連絡マメな人じゃないと思うし。もうずっと話してないんだもん。私のことなんて忘れてるって」
「いいじゃない。同級生と再び恋に落ちるなんてロマンチックよ」
「韓国映画の見過ぎよ」
私は由香を肘で小突いた。そうだ。そんなロマンチックなことは起こらない。何せ、私は春樹くんに振られた身なのだから。
私は祈りながら割り箸製の即席くじを引いた。割り箸の先端は赤いマーカーで塗られている。その瞬間、私の周りにいた人達がビールジョッキを片手に一斉に騒ぎ始めた。
「篠塚さんあったりー!! こっくはく!」
一人が騒ぎ始めると全員がもれなく騒ぎ始めた。居酒屋で鳴り響く告白コールにうんざりした私は、どうどうと皆を落ち着けてマイクの代わりにコップを持った。
「はいはい、静かにしてください」
「朝陽。罰ゲームだよ。忘れてないよね?」
同僚、森里由香が私を睨む。どうやら有耶無耶作戦は失敗したらしい。
私に課せられたのは賑やかな飲み会につきものの悪ノリした罰ゲームだ。内容は「昔好きだった人をデートに誘う」こと。
酔った人間の考えそうな、斬新でとってもハイセンスな乙女心をくすぐる罰ゲームだ。
「て言ってもね」
「こら、逃げようったってそうはいかないぞ」
専門学校を出て建築事務所に就職して早数年。まだ駆け出しのデザイナーだけれど生活は順風満帆だ。仕事は楽しいし、会社もいい雰囲気だ。けれど、くじ運は悪かったみたい。
私はゲンナリしながらスマホを取り出した。連絡帳を開き、上からスクロールしていく。整理もしないまま追加し続けているから、知り合いの人数が大変なことになっている。ちょっとした知り合いから仕事先まで、その数は百をゆうに超えていた。友達百人どころではない。実際は数十人程度だろうけど。
「どう?」
「待ってよ。今探してるんだから」
同僚たちは待ち切れない様子で私を眺めている。
酷いものだ。人の恋心をおもちゃにするなんて、私が見ている側だったなら────いや、絶対にやっただろう。
私は変な緊張感でドキドキしていた。多分これを考えた人は自分が罰ゲームに当たりたかったのかもしれない。だって昔好きだった人に連絡するなんて、ちょっとロマンチックだ。
私もそこそこ酔っていた。だから、こうして探すことに抵抗はなかった。頭の中には一人しか浮かばない。その人の名前を連絡帳の中からようやく探し出した。
「ありました。ありましたよ。連絡すればいいんですよね」
「告白! 告白!」
また周りが囃し立てる。
「もう、そんなのいきなりできるわけないじゃないですか。罰ゲームは好きな人をデートに誘う、だったはずです」
私は特に何も考えず文字を打ち込んだ。シラフだったらもっと時間がかかっていただろう。何せ相手は、「王子様」なのだから。
『お久しぶりです。突然だけど、もしよかったら今度一緒にご飯に行きませんか?』
とても短い文章の中に礼儀やら挨拶やらを色々詰め込んで、その場にいるみんなに画面を見せた。
「これで送ります」
「えー? なんか堅くない?」
ブーイングの嵐だ。一体みんな私にどんなものを期待しているのか。
「相手は学校の王子様だった人なの。突然軽いノリで送れないよ」
「王子様!?」
同僚達が目をキラキラさせながらテーブルに身を乗り出す。野次馬根性もいいところだ。
「相手って、どんな人?」
由香が尋ねる。私は送信ボタンを押しかけた手を止めた。頭の中に当時の彼────北原春樹を思い浮かべた。
春樹くんは高校の同級生だ。部活やクラスは違ったけれど、それなりに話しをする関係だった。
彼はカッコいい、というより綺麗な男の子で、ちょっと不思議な雰囲気が漂う、ミステリアスな人だった。頭も賢かった。
高校ではかなり人気だったけれど、本当はもっと前から知っていた。それだけ、彼が人気者だということだ。
私は回想を終了し、今の春樹くんに思いを馳せた。あれだけ格好良かったのだ。今頃もっと素敵になっていることだろう。
「格好良くて優しい人だよ」
「ありきたりなイメージ過ぎない?」
「だって、本当のことだから仕方ないじゃない」
私はみんなが見ている前で送信ボタンを押した。「おおー」という歓声が上がり、罰ゲームはあっけなく終了した。
「返事あったら教えてね!」
「ないと思うよ。そんな連絡マメな人じゃないと思うし。もうずっと話してないんだもん。私のことなんて忘れてるって」
「いいじゃない。同級生と再び恋に落ちるなんてロマンチックよ」
「韓国映画の見過ぎよ」
私は由香を肘で小突いた。そうだ。そんなロマンチックなことは起こらない。何せ、私は春樹くんに振られた身なのだから。
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