恋愛タイムカプセル
 数分後、彼が戻って来た。彼は名刺サイズのカードを私に手渡した。

 そこには油性ペンで私の名前が書かれている。彼の字だ! なんてちょっと得をした気分になった。ラミネートされたちゃちな作りのカードだけれど、この小さなカードが宝物のように思えた。

「これで今後は本が借りれるから」

「ありがとう……ごめんね、仕事中なのに」

「これが仕事だから。篠塚さんは、仕事中?」

「ううん、今日はおやすみなの。たまたま打ち合わせが入っただけ。お昼からはお休みなんだ」

 だからこれ以上あなたの仕事の邪魔はしません────。私は爪先の向きをエントランスのほうに少し変えた。

 そろそろ、彼だって鬱陶しく思い始めるだろう。彼の仕事が暇だとは思えないし、仲良くもないのに尋ねてくる元同級生なんて面倒なだけだ。

 彼はふっと顔を上げて明後日の方向を見た。やや目線は上だ。どこを見ているのかまではわからなかった。

「お昼、食べた?」

「え? お昼? ううん」

「用事ないならどう。美味しいところあるけど」
 
 私は息が止まりそうになった。それは、食事に誘っているようなセリフだった。いや、誘っている。

 彼から食事に誘ってくれるなんて驚きだ。驚きを通り越して、やっぱりドッキリだと思ってしまう。声が上擦る。目線も合わせられないまま、私はぎこちなく答えた。

「いいけど……でも、仕事中なんじゃないの?」

「休憩しようと思ってたから。ちょっと待っててもらえる?」

「あ、うん……じゃあエントランスのところにいる」

 彼はまた、受付の奥の部屋に入っていく。私は彼の後ろ姿が見えなくなったのを確認して、エントランスへ向かった。

 グレーのタイルが敷き詰められた広いエントランスにはソファや観葉植物、大きなモニターが置かれているけれど人はほとんどいない。赤血球みたいな形のグリーン色のソファに腰掛け、少しの間モニターに映る映像を見た。

 図書館が作った映像だろう。図書館で開催される催しの紹介や新刊の特集が映っている。

 私は画面の右端っこから流れてくる文字を目で追った。今週の運勢、山羊座は二位だ。悪くない。ラッキーカラーはグリーン。ラッキーアイテムはハニーレモン。

 この占いは当たっているかもしれない。だってこれから、春樹くんとランチを食べにいくんだから。

 ちょっと顔がみたい。そう思って立ち寄ったけれど、今更私は変なことを考えているな、と思った。

 今の彼の顔はちょっと見たい、と思うような顔ではない。目の保養にもならないし、あの頃とは全然違う。

 それなのになぜ、私は彼に会いたいなんて思うのだろう。やっぱりまだ、諦め切れていなかったのだろうか。
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