恋愛タイムカプセル
彼は先ほどと同じ格好で、財布だけを持って出て来た。「行こう」と言った彼の横に並び、図書館から出た。
大通りから一本奥に入った路地を進み、店を横目に見ながら彼の隣を歩く。
ここは割とおしゃれな店が揃っている。カフェや家具屋、雑貨屋さん────。ここも彼とは不釣り合いだなと思った。
彼はレトロな外観の店の赤色の扉を潜った。中はちょっと古めかしい喫茶風だ。昭和っぽい、という表現が近いだろうか。大人っぽい店だが、中に座っている客は若者が多い。勉強している大学生のたまり場になっているようだった。
「おしゃれなお店だね」
「聞くの忘れたけど、オムライス食べれる?」
「オムライス? 好きだよ。オムライスが美味しいの?」
「メインはオムライスだから」
私が卵アレルギーだったらどうするつもりだったのだろうか。もしくはオムライスが嫌いだったらとか────。
もちろん、全くそんなことはないけれど、もう少し気を使ってくれてもいいのにと思った。
彼はメニューを私との真ん中に置いて横向きに広げた。二人で見えるようにという配慮だろう。こういう気遣いはできるらしい。ちょっとしたことだが、嬉しかった。
この店のメインメニューはオムライスだけしかないようだ。サイドメニューはサラダが数種類あったけれど、それ以外はデザートとドリンクしかなかった。
結局私は一押しメニューらしいデミグラスオムライスにした。彼も同じだ。量はまあまああるよ、と彼が言ったので、サラダなんかはやめにした。その代わり、ドリンクはレモンスカッシュを頼んだ。ラッキーアイテム、ハニーレモンの代わりだ。
「お昼はいつも外で食べるの?」
「弁当作るのが面倒だから。家で食べるときは作ってるよ」
「えらいなあ。私なんてほとんど外食だよ」
「仕事忙しいの?」
「忙しい時もあるけど、付き合いでご飯食べにいくことが多いんだ。会社の人もほとんど外食だし、打ち合わせとかいくとそのまま外で食べたりするから」
「今日の打ち合わせはどうだったの」
「今日は────あ」
私は説明しようとした口を止めて鞄からノートを取り出した。現場で使うメモ用のノートだ。中にはラフスケッチを走り書きしていて、現場で見聞きしたことをそのまま絵にして依頼主に確認するのに使っている。
私は先ほど書いたラフスケッチを見せた。図面や写真は見せられないが、これぐらいなら問題ない。
「これ、家の中庭なの。ここをデザインするんだ」
私はスケッチの真ん中を指差す。
「やっぱり、篠塚さん絵うまいね」
彼はぼそりと口にした。すごく無関心そうなのに、その淡白な反応がかえってその言葉に感情を持たせる。
彼の口からよく聞く言葉だ。過去、こうして彼に何度褒められたことか。そのせいで私は絵を書くことが大好きになったのだ。
私はなんだか照れ臭くて謙遜した。
「これぐらい、みんな描けるよ」
「今日本を探してたのは、そのデザインの勉強で?」
「うん」
私はわかりやすい嘘をついてお冷やに口をつけた。
「篠塚さん本よく読んでたよね」
「そうかな。春樹くんほどじゃないよ。いつも分厚いファンタジー小説読んでなかった?」
「『ダレン・シャン』?」
「そう、ダレン・シャン!」
私は思わず勢いよく答えてしまい、慌てて周囲を見回した。恥ずかしい女だ。こんなことではしゃいで、彼も呆れているかもしれない。
「あれは、面白かったからね」
彼は目を細めて微笑んだ。
私はその目になんだか懐かしさを感じた。そして、胸の奥が息苦しくなるような疼きを覚えた。
彼の細い目が、笑うともっと細くなる。私はその目が好きだったのだ。こんな些細なことで思い出すなんて、やっぱり私はどうかしている。
大通りから一本奥に入った路地を進み、店を横目に見ながら彼の隣を歩く。
ここは割とおしゃれな店が揃っている。カフェや家具屋、雑貨屋さん────。ここも彼とは不釣り合いだなと思った。
彼はレトロな外観の店の赤色の扉を潜った。中はちょっと古めかしい喫茶風だ。昭和っぽい、という表現が近いだろうか。大人っぽい店だが、中に座っている客は若者が多い。勉強している大学生のたまり場になっているようだった。
「おしゃれなお店だね」
「聞くの忘れたけど、オムライス食べれる?」
「オムライス? 好きだよ。オムライスが美味しいの?」
「メインはオムライスだから」
私が卵アレルギーだったらどうするつもりだったのだろうか。もしくはオムライスが嫌いだったらとか────。
もちろん、全くそんなことはないけれど、もう少し気を使ってくれてもいいのにと思った。
彼はメニューを私との真ん中に置いて横向きに広げた。二人で見えるようにという配慮だろう。こういう気遣いはできるらしい。ちょっとしたことだが、嬉しかった。
この店のメインメニューはオムライスだけしかないようだ。サイドメニューはサラダが数種類あったけれど、それ以外はデザートとドリンクしかなかった。
結局私は一押しメニューらしいデミグラスオムライスにした。彼も同じだ。量はまあまああるよ、と彼が言ったので、サラダなんかはやめにした。その代わり、ドリンクはレモンスカッシュを頼んだ。ラッキーアイテム、ハニーレモンの代わりだ。
「お昼はいつも外で食べるの?」
「弁当作るのが面倒だから。家で食べるときは作ってるよ」
「えらいなあ。私なんてほとんど外食だよ」
「仕事忙しいの?」
「忙しい時もあるけど、付き合いでご飯食べにいくことが多いんだ。会社の人もほとんど外食だし、打ち合わせとかいくとそのまま外で食べたりするから」
「今日の打ち合わせはどうだったの」
「今日は────あ」
私は説明しようとした口を止めて鞄からノートを取り出した。現場で使うメモ用のノートだ。中にはラフスケッチを走り書きしていて、現場で見聞きしたことをそのまま絵にして依頼主に確認するのに使っている。
私は先ほど書いたラフスケッチを見せた。図面や写真は見せられないが、これぐらいなら問題ない。
「これ、家の中庭なの。ここをデザインするんだ」
私はスケッチの真ん中を指差す。
「やっぱり、篠塚さん絵うまいね」
彼はぼそりと口にした。すごく無関心そうなのに、その淡白な反応がかえってその言葉に感情を持たせる。
彼の口からよく聞く言葉だ。過去、こうして彼に何度褒められたことか。そのせいで私は絵を書くことが大好きになったのだ。
私はなんだか照れ臭くて謙遜した。
「これぐらい、みんな描けるよ」
「今日本を探してたのは、そのデザインの勉強で?」
「うん」
私はわかりやすい嘘をついてお冷やに口をつけた。
「篠塚さん本よく読んでたよね」
「そうかな。春樹くんほどじゃないよ。いつも分厚いファンタジー小説読んでなかった?」
「『ダレン・シャン』?」
「そう、ダレン・シャン!」
私は思わず勢いよく答えてしまい、慌てて周囲を見回した。恥ずかしい女だ。こんなことではしゃいで、彼も呆れているかもしれない。
「あれは、面白かったからね」
彼は目を細めて微笑んだ。
私はその目になんだか懐かしさを感じた。そして、胸の奥が息苦しくなるような疼きを覚えた。
彼の細い目が、笑うともっと細くなる。私はその目が好きだったのだ。こんな些細なことで思い出すなんて、やっぱり私はどうかしている。