恋愛タイムカプセル
私はその週前川邸のデザイン案をいくつか書いて先方に提出した。
自分の仕事だから思い入れはあるが、それと同時に彼との思い出が付随してより一層この仕事が輝いて見えた。
同じ頃、由香もようやく図面を完成させた。私達はよく行く会社近くにあるカフェに向かい、二人でランチがてらお互いを労った。
「終わったーっ! これで週末はゆっくり過ごせそうだよ」
「お疲れ様。CADなんてよくできるよね。私アナログ派だから、あんなの触ってもちんぷんかんぷんだよ」
お互いパフェを頬張りながら雑談を交わす。私はふと、先日の土曜にまた彼と再会したことを話した。
「そういえば、土曜に彼と合ったの」
「彼?」
「元王子様」
由香は思い出したようにああ! と拳で掌を叩く。どうやら、彼女は完全に彼のことを忘れていたらしい。
「会ったの、って……またデートの約束してたの?」
「ううん、違うの。打ち合わせの帰りに、たまたま寄った図書館で彼が働いていて……それで」
「図書館で再会したの?」
「彼、司書をしてるんだ」
「へえ、素敵じゃない。『耳をすませば』の天沢聖司くんみたい」
「それを言うならヒロインのお父さんでしょ」
確かに、彼とあのキャラクターは似ているところがあるかもしれない。けれどそれは昔の話だ。今の彼は爽やかさのかけらもないもっさり男だ。そしてそのもっさり男に、私はなぜだかときめいてしまっている。
「それで、食事に誘われたんだ」、と胸のときめきを誤魔化すように溜息混じりに話す。
「いいじゃない。運命的な出会いでそのまま付き合えるかも。あ、でも彼ダサかったんだっけ?」
「そう。オタクみたいな見た目なの」
「ちょっと。オタクを馬鹿にしないでよね。おしゃれなオタクもいるんだから」
由香はムッと口を尖らせた。彼女はアイドルオタクだ。あるグループのメンバーが好きらしいが、私はさっぱりわからない。
由香みたいな見綺麗なオタクもいるのなら、一括りにオタクを馬鹿にするのは失礼かもしれない。
「ごめん。オタクを馬鹿にしてるんじゃなくて、いかにも昔のオタクっぽい見た目だったから……」
「私はねえ、いつ推しに会ってもいいように綺麗になるって決めたの。ブサイクじゃ釣り合わないじゃない」
「す、すごいね……いつか会えるといいね……」
「それで? 朝陽はその人と会ってどうだったの? 二回も食事するぐらいだから嫌な感じじゃなかったんでしょ?」
嫌な感じではなかった。それどころか楽しいとさえ感じていた。彼は変わっていない。穏やかで、落ち着いていて、ちょっと不思議な魅力のある人だ。見た目が激変していたせいで最初は驚いたが、それすらも気にならないくらいあの時間は満ち足りていた。
「素敵な人だけど、見た目がダサいから」
「ふうん? その割に楽しかったみたいだけど。好意がないなら会わないほうがいいんじゃない。うっかりその人が朝陽に惚れても困るだけだし」
「そんなことは絶対にないよ」
「言い切れるの?」
「うん。ない。絶対にない」
「なんで? 朝陽可愛いじゃん」
「────高校の時の私、そんなに冴えてなかったから。今更好きになんてならないよ。それに一度振られてるし」
「え、告白してたの?」
「したよ。けど、彼女がいたから振られちゃった」
私は自分に呆れた。また、彼女がいることを言い訳に振られた理由を押し付けようとしている。本当はそうじゃないこともわかっているのに、酷い女だ。
けれどだから、彼が私と食事をしようとした意味が分からなかった。何故彼は断らなかったのだろう。そしてまた、私に親切にする。
本の返却期限は二週間だ。二週間経つ前に、またあの図書館へいかなければならない。そうすればまた彼と会えるだろうか。会っていいのだろうか。昔の私が心の中で引き止める。
────また、彼を傷付けてもいいの?
そう思うと、いつあの穏やかな笑顔が忌々しく歪む不安が溢れた。
自分の仕事だから思い入れはあるが、それと同時に彼との思い出が付随してより一層この仕事が輝いて見えた。
同じ頃、由香もようやく図面を完成させた。私達はよく行く会社近くにあるカフェに向かい、二人でランチがてらお互いを労った。
「終わったーっ! これで週末はゆっくり過ごせそうだよ」
「お疲れ様。CADなんてよくできるよね。私アナログ派だから、あんなの触ってもちんぷんかんぷんだよ」
お互いパフェを頬張りながら雑談を交わす。私はふと、先日の土曜にまた彼と再会したことを話した。
「そういえば、土曜に彼と合ったの」
「彼?」
「元王子様」
由香は思い出したようにああ! と拳で掌を叩く。どうやら、彼女は完全に彼のことを忘れていたらしい。
「会ったの、って……またデートの約束してたの?」
「ううん、違うの。打ち合わせの帰りに、たまたま寄った図書館で彼が働いていて……それで」
「図書館で再会したの?」
「彼、司書をしてるんだ」
「へえ、素敵じゃない。『耳をすませば』の天沢聖司くんみたい」
「それを言うならヒロインのお父さんでしょ」
確かに、彼とあのキャラクターは似ているところがあるかもしれない。けれどそれは昔の話だ。今の彼は爽やかさのかけらもないもっさり男だ。そしてそのもっさり男に、私はなぜだかときめいてしまっている。
「それで、食事に誘われたんだ」、と胸のときめきを誤魔化すように溜息混じりに話す。
「いいじゃない。運命的な出会いでそのまま付き合えるかも。あ、でも彼ダサかったんだっけ?」
「そう。オタクみたいな見た目なの」
「ちょっと。オタクを馬鹿にしないでよね。おしゃれなオタクもいるんだから」
由香はムッと口を尖らせた。彼女はアイドルオタクだ。あるグループのメンバーが好きらしいが、私はさっぱりわからない。
由香みたいな見綺麗なオタクもいるのなら、一括りにオタクを馬鹿にするのは失礼かもしれない。
「ごめん。オタクを馬鹿にしてるんじゃなくて、いかにも昔のオタクっぽい見た目だったから……」
「私はねえ、いつ推しに会ってもいいように綺麗になるって決めたの。ブサイクじゃ釣り合わないじゃない」
「す、すごいね……いつか会えるといいね……」
「それで? 朝陽はその人と会ってどうだったの? 二回も食事するぐらいだから嫌な感じじゃなかったんでしょ?」
嫌な感じではなかった。それどころか楽しいとさえ感じていた。彼は変わっていない。穏やかで、落ち着いていて、ちょっと不思議な魅力のある人だ。見た目が激変していたせいで最初は驚いたが、それすらも気にならないくらいあの時間は満ち足りていた。
「素敵な人だけど、見た目がダサいから」
「ふうん? その割に楽しかったみたいだけど。好意がないなら会わないほうがいいんじゃない。うっかりその人が朝陽に惚れても困るだけだし」
「そんなことは絶対にないよ」
「言い切れるの?」
「うん。ない。絶対にない」
「なんで? 朝陽可愛いじゃん」
「────高校の時の私、そんなに冴えてなかったから。今更好きになんてならないよ。それに一度振られてるし」
「え、告白してたの?」
「したよ。けど、彼女がいたから振られちゃった」
私は自分に呆れた。また、彼女がいることを言い訳に振られた理由を押し付けようとしている。本当はそうじゃないこともわかっているのに、酷い女だ。
けれどだから、彼が私と食事をしようとした意味が分からなかった。何故彼は断らなかったのだろう。そしてまた、私に親切にする。
本の返却期限は二週間だ。二週間経つ前に、またあの図書館へいかなければならない。そうすればまた彼と会えるだろうか。会っていいのだろうか。昔の私が心の中で引き止める。
────また、彼を傷付けてもいいの?
そう思うと、いつあの穏やかな笑顔が忌々しく歪む不安が溢れた。