恋愛タイムカプセル
翌朝、私はメッセージの送信画面を見て絶望し、大絶叫した。
酔った勢いとはいえ、《《あの》》王子様に大それたメッセージを送ってしまったことを激しく後悔した。
穴があったら入りたい。過去に戻れるなら戻りたい────。
絶望した気持ちで出社すると、昨日のことを覚えていると思しき同僚達が顔をニマニマさせながら尋ねてきた。
「篠ちゃんおはよう。どうだった?」
私の指導をしてくれているかっこいいイケてる女上司、日立さんも、そのうちの一人らしい。顔を見る限り、からかう気満々だ。
「どうも何もありませんよ」
「お返事は?」
「黒ヤギさんたら読まずに食べた、ですよ。多分、読んでないか読んでも無視してると思います」
「あちゃー……まあ、そういうこともあるわよ」
「もうこんな罰ゲームは二度とごめんです」
私は自分のデスクに着いた。好きな風景写真。NYで買ったお土産のペンスタンド。Macに貼られたお気に入りの動物付箋。ここが私の城だ。
私が仕事している『Brave Design Office』は業界では名のしれた建築士、結城ヒロが代表を務める建築事務所だ。
そんな業種なものだから事務所の中は変な形のオブジェやら座り心地の悪そうなソファが置かれているけど、お洒落で格好いい事務所だと思う。
ルールはあるけど、ある程度自由だ。音楽をかけながら仕事しても怒られないし、お菓子を食べていたって何も言われない。
おかげで私の机の上がこんな状態でも、何も咎められることはない。むしろ、他の先輩の方がもっとすごい。ちょっとデスクを飾りつけるぐらい、序の口なのだ。
そんな事務所での私の仕事は外構────いわゆる、お庭やエントランス担当だ。とは言っても、デザインさせてもらえるのは個人邸ぐらいで、大きな施設はやったことがない。
それでもこの事務所に仕事を頼みに来るのはお金持ちが多いから、なかなか有意義に仕事させて貰えていた。
鞄の中からスマホを取り出す。彼かのメッセージはまだ返ってきていなかった。
だよね、と思いながらも、私はSNSで春樹くんの名前を検索した。
実を言うと、昨日送った彼の連絡先は現在も使われているかわからないものだった。何せ、私と彼は高校を卒業してから会っていない。あれから連絡先が変わっていたら、あのメッセージは別の人のところに届いていることになる。
返事は返ってこないけど、連絡先は間違っていない。つまりは、そういうことだ。
けれど昨日はそんなこと考えていなかった。ただ、特別な人へのときめきをもう一度味わいたかったのかもしれない。
SNSの検索欄には同じ名前の人物がすらりと並ぶ。意外と同じ名前の人がいるのだと思った。けれどその中に彼と同じ姿の人は一人もいない。SNSをやるような人ではないと思う。もしかしたらやっていないのかもしれない。
その時、スマホが震えた。画面の上部に短縮されたメッセージがすっと流れる。私は思わず叫び声をあげた。
「ええっ!?」
つられるように職場から同じように驚く声が聞こえた。スマホを持ったまま固まっている私に由香が声をかけた。
「どうしたの?」
「返事が、返ってきたの」
私はこれが証拠、とその画面を由香に見せつけた。画面を見る由香の表情があっと驚く。私はもう一度、確かめるようにその画面を見直した。
『久しぶり。わかった。いつにする?』
男の人らしい、絵文字の一つもないとても簡潔な文章だ。けれど私は、それが間違いなく彼からのものだとわかった。その文章は、あの頃の彼と同じ雰囲気を纏っていた。
酔った勢いとはいえ、《《あの》》王子様に大それたメッセージを送ってしまったことを激しく後悔した。
穴があったら入りたい。過去に戻れるなら戻りたい────。
絶望した気持ちで出社すると、昨日のことを覚えていると思しき同僚達が顔をニマニマさせながら尋ねてきた。
「篠ちゃんおはよう。どうだった?」
私の指導をしてくれているかっこいいイケてる女上司、日立さんも、そのうちの一人らしい。顔を見る限り、からかう気満々だ。
「どうも何もありませんよ」
「お返事は?」
「黒ヤギさんたら読まずに食べた、ですよ。多分、読んでないか読んでも無視してると思います」
「あちゃー……まあ、そういうこともあるわよ」
「もうこんな罰ゲームは二度とごめんです」
私は自分のデスクに着いた。好きな風景写真。NYで買ったお土産のペンスタンド。Macに貼られたお気に入りの動物付箋。ここが私の城だ。
私が仕事している『Brave Design Office』は業界では名のしれた建築士、結城ヒロが代表を務める建築事務所だ。
そんな業種なものだから事務所の中は変な形のオブジェやら座り心地の悪そうなソファが置かれているけど、お洒落で格好いい事務所だと思う。
ルールはあるけど、ある程度自由だ。音楽をかけながら仕事しても怒られないし、お菓子を食べていたって何も言われない。
おかげで私の机の上がこんな状態でも、何も咎められることはない。むしろ、他の先輩の方がもっとすごい。ちょっとデスクを飾りつけるぐらい、序の口なのだ。
そんな事務所での私の仕事は外構────いわゆる、お庭やエントランス担当だ。とは言っても、デザインさせてもらえるのは個人邸ぐらいで、大きな施設はやったことがない。
それでもこの事務所に仕事を頼みに来るのはお金持ちが多いから、なかなか有意義に仕事させて貰えていた。
鞄の中からスマホを取り出す。彼かのメッセージはまだ返ってきていなかった。
だよね、と思いながらも、私はSNSで春樹くんの名前を検索した。
実を言うと、昨日送った彼の連絡先は現在も使われているかわからないものだった。何せ、私と彼は高校を卒業してから会っていない。あれから連絡先が変わっていたら、あのメッセージは別の人のところに届いていることになる。
返事は返ってこないけど、連絡先は間違っていない。つまりは、そういうことだ。
けれど昨日はそんなこと考えていなかった。ただ、特別な人へのときめきをもう一度味わいたかったのかもしれない。
SNSの検索欄には同じ名前の人物がすらりと並ぶ。意外と同じ名前の人がいるのだと思った。けれどその中に彼と同じ姿の人は一人もいない。SNSをやるような人ではないと思う。もしかしたらやっていないのかもしれない。
その時、スマホが震えた。画面の上部に短縮されたメッセージがすっと流れる。私は思わず叫び声をあげた。
「ええっ!?」
つられるように職場から同じように驚く声が聞こえた。スマホを持ったまま固まっている私に由香が声をかけた。
「どうしたの?」
「返事が、返ってきたの」
私はこれが証拠、とその画面を由香に見せつけた。画面を見る由香の表情があっと驚く。私はもう一度、確かめるようにその画面を見直した。
『久しぶり。わかった。いつにする?』
男の人らしい、絵文字の一つもないとても簡潔な文章だ。けれど私は、それが間違いなく彼からのものだとわかった。その文章は、あの頃の彼と同じ雰囲気を纏っていた。