恋愛タイムカプセル
私が黙っていると、彼は飲んでいたペットボトルの口を閉じてまた私を見た。それはどこか、何か確かめているようだった。いつも穏やかな彼の瞳が急に獲物を狙う鷹の目のように鋭くなって、私は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
「────カブトムシ」
「……カブトムシ?」
私は彼の一言に拍子抜けした。緊張していた肩からスッと力が抜けるのを感じた。
「小三の時さ、休み時間にカブトムシを拾ったんだ。俺、それを教室に持ってって飼ってたんだ」
私は「そうなんだ」と戸惑いながら相槌を打った。
なぜ彼は小学生の時に飼っていたカブトムシの話など始めたのだろう。今の話の流れとはまるで関係ない話だ。
「そのカブトムシ、クラスの男子に突かれて死んだんだ。触ったら弱るのに、面白半分でツンツン触る奴がいたんだよ。せっかく飼ってたのにって俺も怒ったけど、そいつ普段からふざけてる奴だったから、全然聞いてなかったな」
いつになく彼は饒舌だった。私は黙って彼の話を聞いた。彼がなんの意味もなくそんな話をするわけがないと思った。
小学生の頃、私と彼は別々の学校に通っていた。だから、私の知らない彼の話を聞けることがなんだか嬉しかった。
「クラスの奴らは気味悪がって触らなかったから、俺は家に持って帰って埋めようと思ったんだ。けそれを見た母さんが大激怒して、外に捨ててきなさいって俺を外に放り出したんだ。母さん虫がダメなんだ。俺も黙って溝にでも流せばいいのにそんなことも思いつかなくて、結局俺学校の近くまで戻ったんだよ」
「そのカブトムシはどうなったの?」
「埋めたよ。手伝ってくれた子がいたんだ」
「そっか……可哀想だね」
私はよかったね、とは言えなかった。そのカブトムシが死んで彼は辛い思いをしたのだろう。
しかし、彼がなぜそんな話をしたのかはわからなかった。その話にオチはあるの? なんて、関西人みたいなことを思ったけれど、彼は寂しそうな顔で「そうだね」と言うだけだった。
ようやく時間が来たのか、ヒュウ、というか細い音とともに小さな光が薄暗い空に立ち上った。
私はそれを目で追った。もう何年ぶりだろう。こうして花火を見るのは。
幼い頃に見た花火と今の花火は違う。形も、色も随分進化したのだと思った。
私は顔を向きを変えないまま、彼の横顔をちらりと見た。草食動物じゃないから、彼が今何を見ているのかわからない。ただぼんやりと、そこに彼がいるのが見えるだけだ。
私達は話もせず、感想を言い合うこともなく、ただ黙って花火を見た。少しでも動こうものならたこ焼きの残骸が入ったビニール袋が微かでも音を立てて、そしてそれがこの雰囲気を壊してしまうような気がして迂闊に動けなかった。
「────カブトムシ」
「……カブトムシ?」
私は彼の一言に拍子抜けした。緊張していた肩からスッと力が抜けるのを感じた。
「小三の時さ、休み時間にカブトムシを拾ったんだ。俺、それを教室に持ってって飼ってたんだ」
私は「そうなんだ」と戸惑いながら相槌を打った。
なぜ彼は小学生の時に飼っていたカブトムシの話など始めたのだろう。今の話の流れとはまるで関係ない話だ。
「そのカブトムシ、クラスの男子に突かれて死んだんだ。触ったら弱るのに、面白半分でツンツン触る奴がいたんだよ。せっかく飼ってたのにって俺も怒ったけど、そいつ普段からふざけてる奴だったから、全然聞いてなかったな」
いつになく彼は饒舌だった。私は黙って彼の話を聞いた。彼がなんの意味もなくそんな話をするわけがないと思った。
小学生の頃、私と彼は別々の学校に通っていた。だから、私の知らない彼の話を聞けることがなんだか嬉しかった。
「クラスの奴らは気味悪がって触らなかったから、俺は家に持って帰って埋めようと思ったんだ。けそれを見た母さんが大激怒して、外に捨ててきなさいって俺を外に放り出したんだ。母さん虫がダメなんだ。俺も黙って溝にでも流せばいいのにそんなことも思いつかなくて、結局俺学校の近くまで戻ったんだよ」
「そのカブトムシはどうなったの?」
「埋めたよ。手伝ってくれた子がいたんだ」
「そっか……可哀想だね」
私はよかったね、とは言えなかった。そのカブトムシが死んで彼は辛い思いをしたのだろう。
しかし、彼がなぜそんな話をしたのかはわからなかった。その話にオチはあるの? なんて、関西人みたいなことを思ったけれど、彼は寂しそうな顔で「そうだね」と言うだけだった。
ようやく時間が来たのか、ヒュウ、というか細い音とともに小さな光が薄暗い空に立ち上った。
私はそれを目で追った。もう何年ぶりだろう。こうして花火を見るのは。
幼い頃に見た花火と今の花火は違う。形も、色も随分進化したのだと思った。
私は顔を向きを変えないまま、彼の横顔をちらりと見た。草食動物じゃないから、彼が今何を見ているのかわからない。ただぼんやりと、そこに彼がいるのが見えるだけだ。
私達は話もせず、感想を言い合うこともなく、ただ黙って花火を見た。少しでも動こうものならたこ焼きの残骸が入ったビニール袋が微かでも音を立てて、そしてそれがこの雰囲気を壊してしまうような気がして迂闊に動けなかった。