恋愛タイムカプセル
花火は数十分の間上がり続けていた。けれどそれを最後までじっと見ている見物客はほとんどいなかった。
座り続けることに飽きた頃、私達も周りに習って立ち上がった。再び人の波に乗って歩く。やるべきことをやり尽くして、私はこれからどうしようかと思った。
「どうする? どこかでお茶でもする?」
「うん。さすがに、暑いし」
風はない。空気はじっとりと湿気を帯びていた。だから周りを歩く人々も団扇で仰いでいる。私は頷き、適当に近くにあったカフェに入った。
カフェの中は涼しかった。けれど花火帰りの客が多く、騒がしく落ち着かない。失敗かな、と思ったけど沈黙が気にならなくなるからかえってよかったかもしれない。
お互いアイスコーヒーを頼み、私はシロップとフレッシュを。彼はフレッシュだけを入れた。
「花火って、数年の間にあんなに変わるものなんだね。私達が小さい頃は、もっと普通のやつだけだったのに」
「人間だって変わるんだ。花火だって変わるよ」
彼ほど哲学的な発言が似合う人はいない。私は高校の頃そう思っていた。彼は本を片手にたたずんでいる姿がよく似合う────そんな人だった。
やっぱりあの時と中身は変わっていないのだろうか。
「篠塚さんは、ちょっと変わったね」
私の心の中を読んだみたいに彼が言った。
「ちょっと?」
「化粧をするようになった」
私はムッと彼を睨む。「大人なんだからお化粧ぐらいするよ」と反論を返した。
「春樹くんだって変わったよ」
「どこが?」
「それは────眼鏡とか、髪型とか……」
────あの頃のあなたはもっと明るかった。爽やかだった。そんなざっくばらんな髪型ではなかったし、全然似合ってない眼鏡なんてかけていなかった。爽やかな王子様だったじゃない。
なんて、言えるわけがない。私は誤魔化して答えた。
「良くなったとは思ってないだろ。そういう顔してる」
私が困っていると、彼はふっと笑った。
「篠塚さん。なんで俺に連絡くれたの?」
唐突に聞かれて息が詰まりそうになった。私は途方に暮れ、頭の中で必死にセリフを考えた。
罰ゲームであなたに連絡したんです、なんて言えるわけがない。
最初はそうだったのだ。ただの罰ゲームで、私は酔って連絡を入れた。彼の連絡先など、とっくの昔に変わっていると思っていた。
しかし私たちは今、こうして一緒にいる。まるであの頃の続きのように、私の気持ちを引き戻しながら。
「俺、ずっと聞きたかったんだ。高校の時さ、俺に何か言おうとしてたことがあっただろ。グランドで、俺を呼び止めて。あの時、何を言おうとしてたの」
私の記憶があの時に引き戻される。私の頭の中に、その情景がスッと浮かんだ。そこには彼が立ち、私が立っている。あの頃の馬鹿な私だ。
私は、そのことを彼が覚えていたことが恐ろしかった。目の前で事故が起きたときのように呆然とし、何も考えられないほど静かに狼狽た。
私はあのとき何を言おうとしていただろうか。それも、しっかりと覚えている。
私はあのとき卑怯者だった。とても姑息な手を使って、彼を悲しませようとしていた。
だから私は逃げたのだ。彼から────。
「────ごめん。ちょっと、人に酔ったみたい。悪いけど先に帰るね」
私は慌ただしく財布を取り出し、千円札をテーブルに置いた。
もう一度「ごめん」と言って席を離れる。店を出た後は無我夢中で走った。
人混みをすり抜け、駅の改札まで早足で駆け抜ける。後ろから何かが迫っているような恐怖を感じていた。
だが、実際は誰もいなかった。私は振り返り、そこに彼がいないことを確かめた。そしてごめんなさい、と呟きながら心の中で後悔した。
初恋はうまくいかないと言われている。二人目の方が、うまくいく。 その理由はよくわかっていた。
初めての恋の時は何も知らない。何も知らないから、とても身勝手で全力だ。
その甘さに身を任せ、私はかつてあなたを傷付けようとしてしまった。今更自責の念が込み上げる。
私がテーブルを離れた時、彼はどんな顔をしていただろうか。悲しんでいたのか、怒っていたのか。
その表情を確かめなかったことは幸いだ。彼の穏やかな表情が歪むところなど、見たくないから。
座り続けることに飽きた頃、私達も周りに習って立ち上がった。再び人の波に乗って歩く。やるべきことをやり尽くして、私はこれからどうしようかと思った。
「どうする? どこかでお茶でもする?」
「うん。さすがに、暑いし」
風はない。空気はじっとりと湿気を帯びていた。だから周りを歩く人々も団扇で仰いでいる。私は頷き、適当に近くにあったカフェに入った。
カフェの中は涼しかった。けれど花火帰りの客が多く、騒がしく落ち着かない。失敗かな、と思ったけど沈黙が気にならなくなるからかえってよかったかもしれない。
お互いアイスコーヒーを頼み、私はシロップとフレッシュを。彼はフレッシュだけを入れた。
「花火って、数年の間にあんなに変わるものなんだね。私達が小さい頃は、もっと普通のやつだけだったのに」
「人間だって変わるんだ。花火だって変わるよ」
彼ほど哲学的な発言が似合う人はいない。私は高校の頃そう思っていた。彼は本を片手にたたずんでいる姿がよく似合う────そんな人だった。
やっぱりあの時と中身は変わっていないのだろうか。
「篠塚さんは、ちょっと変わったね」
私の心の中を読んだみたいに彼が言った。
「ちょっと?」
「化粧をするようになった」
私はムッと彼を睨む。「大人なんだからお化粧ぐらいするよ」と反論を返した。
「春樹くんだって変わったよ」
「どこが?」
「それは────眼鏡とか、髪型とか……」
────あの頃のあなたはもっと明るかった。爽やかだった。そんなざっくばらんな髪型ではなかったし、全然似合ってない眼鏡なんてかけていなかった。爽やかな王子様だったじゃない。
なんて、言えるわけがない。私は誤魔化して答えた。
「良くなったとは思ってないだろ。そういう顔してる」
私が困っていると、彼はふっと笑った。
「篠塚さん。なんで俺に連絡くれたの?」
唐突に聞かれて息が詰まりそうになった。私は途方に暮れ、頭の中で必死にセリフを考えた。
罰ゲームであなたに連絡したんです、なんて言えるわけがない。
最初はそうだったのだ。ただの罰ゲームで、私は酔って連絡を入れた。彼の連絡先など、とっくの昔に変わっていると思っていた。
しかし私たちは今、こうして一緒にいる。まるであの頃の続きのように、私の気持ちを引き戻しながら。
「俺、ずっと聞きたかったんだ。高校の時さ、俺に何か言おうとしてたことがあっただろ。グランドで、俺を呼び止めて。あの時、何を言おうとしてたの」
私の記憶があの時に引き戻される。私の頭の中に、その情景がスッと浮かんだ。そこには彼が立ち、私が立っている。あの頃の馬鹿な私だ。
私は、そのことを彼が覚えていたことが恐ろしかった。目の前で事故が起きたときのように呆然とし、何も考えられないほど静かに狼狽た。
私はあのとき何を言おうとしていただろうか。それも、しっかりと覚えている。
私はあのとき卑怯者だった。とても姑息な手を使って、彼を悲しませようとしていた。
だから私は逃げたのだ。彼から────。
「────ごめん。ちょっと、人に酔ったみたい。悪いけど先に帰るね」
私は慌ただしく財布を取り出し、千円札をテーブルに置いた。
もう一度「ごめん」と言って席を離れる。店を出た後は無我夢中で走った。
人混みをすり抜け、駅の改札まで早足で駆け抜ける。後ろから何かが迫っているような恐怖を感じていた。
だが、実際は誰もいなかった。私は振り返り、そこに彼がいないことを確かめた。そしてごめんなさい、と呟きながら心の中で後悔した。
初恋はうまくいかないと言われている。二人目の方が、うまくいく。 その理由はよくわかっていた。
初めての恋の時は何も知らない。何も知らないから、とても身勝手で全力だ。
その甘さに身を任せ、私はかつてあなたを傷付けようとしてしまった。今更自責の念が込み上げる。
私がテーブルを離れた時、彼はどんな顔をしていただろうか。悲しんでいたのか、怒っていたのか。
その表情を確かめなかったことは幸いだ。彼の穏やかな表情が歪むところなど、見たくないから。