恋愛タイムカプセル
 夢みたいだ。私は信じられない、と何度も声に出した。けれど本当は心のどこかで、返ってくるんじゃないか、と期待していた。

「うっそ! 本当に返ってきたの!?」

「う、うん……」

 差出人は間違いなく彼だ。もし受け取ったのが知らない人なら、誰ですか? ぐらい返すだろう。ということは、彼も私の連絡先をずっと消さずに持っていてくれたのだ。私は天にも登るような気持ちだった。

「返事しなよ! デートの約束しなきゃ!」

 由香は早く早く、と私を急かす。私は「待って」、と遮った。

「もうちょっと考えさせて。さすがにちゃんとしたの送らないと。まさか返ってくるなんて思わなかったの」

「仕方ないなあ。結果聞かせてよね、王子様の!」

 由香は楽しげな様子で自分のデスクに戻った。私は閉じた画面をもう一度開いた。やはり、間違いなく彼からのメッセージがある。

 彼とはいつぶりだろう。高校の時からだから、もう十年近く経っている。仲が良かったわけでもないのに、高校の時の友達にこうして返事をくれるなんて、律儀な人だ。

 ────でも、おかしいな。

 私はふと、疑問に思った。妙だ。だって、私は一度振られている。高校の時、見事に玉砕したのだ。それに────。

 思い出したくもないけれど、懐かしい記憶は鮮明に蘇った。

 私と春樹くんは高校の時の同級生だ。けれど本当は、もっと前から知っていた。

 私は小学生の当時、地域の絵画教室に通っていた。週に一度、区の公民館に集まって先生から絵を教わる。そこには大人から子供まで、いろんな人が参加していた。

 そして彼は公民館に隣接する区の図書室によく通っていた。

 そういうわけで、私は彼が学校帰りにそこに通っていることを知っていた。その時はそんな子がいるんだな、程度の認識だった。彼も子供だったから、高校の時みたいに格好良くはなかったし、背も大きくなかった。

 私がハッキリと彼を認識したのは、小学三年生の時だ。たまたま外で絵を描いていたときに彼が話しかけてきた。

 彼は「上手だね」、と言ってくれた。それしか覚えていない。

 私はその時、ツツジの花を描いていた。けれどしっかりと記憶に残るぐらい、私はその一言が嬉しかった。調子に乗って画家になりたいなんて言って、お母さんに呆れられたのも覚えている。

 それが私が彼を好きになった瞬間だった。

 出会いはそんなふうに温かい記憶から始まった。けれど、残念ながら私はフラれたのだ。だって、高校の時彼には彼女がいたのだから。

 彼女がいたから仕方ない、なんて言い訳だ。当時の私はそれでも気持ちを伝えたくて、彼女がいる彼に告白した。断られることをわかっていて、告白したのだ。だって彼女がいるから、断られたって仕方ないで済ませられる。

 そして、ある事件が起きて私は彼への想いを完全に断ち切った────はずだった。
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