恋愛タイムカプセル
私の記憶の中にはたくさんの思い出がある。過去の記憶の一片、一片がいつも心を満たし、いつでも彼を思い出せた。
彼もそれらを覚えているのだろうか。あれは小学生の頃の記憶だ。そんなことまで覚えているなんて────。
私は恐る恐る尋ねた。
「どうして、春樹くんはそんな昔のことまで覚えているの?」
「たとえば……今日が篠塚さんの誕生日で、俺がケーキを頼んで篠塚さんにあげるとする」
急なたとえ話に私は戸惑った。仕方なくうん、と相槌を打つ。
「でも、たぶん記憶にはあまり残らない。けど俺がケーキを頼んで、クラッカーを鳴らしたり誕生日の歌を歌ってお祝いをする。ケーキを切り分けたり、このケーキは篠塚さんが好きななんとかケーキだって説明したら、篠塚さんの記憶には残る可能性が高い。人って、感情を動かされた時のことをよく覚えてるらしいんだ。だから何かが起こった時にその人の感情が動けば、その時の景色だったり服装だったり、細かいことを覚えているんだ」
「……つまり?」
「俺にとっては心が動く記憶だったってことだよ」
────ああ、今この時が止まればいいのに。
私はフォークを握ったまま、すっかり彼の言葉に心を奪われていた。
見た目はだらしないしエスコートもできないのに、どうしてこういうところだけ格好いいのだろう。
それは、つまり、どういう意味? 彼の質問に逐一ホワイ? と言いたくなる。
だって、彼の答え方が曖昧なのだ。心が動いたと言うのなら、その理由を教えて欲しい。そこに私の欲しい答えがあってもなくても、なんでも受け入れられるだろう。
微笑んでいる彼の表情はなんだか切なげだ。私は無意識に期待し、そして勘違いしようとしていた。
由香が言っていたように、彼はもしかしたら自分のことを好きでいるのかもしれないと。
けれどだとしたら、なぜそんな昔のことまで覚えているのだろうか。彼は高校の時なぎさちゃんと付き合った。私のことを好きになるタイミングがあるとしたら、再会した今だ。けれどそれだと妙なことになる。
「感情と記憶はワンセットなんだ。私も覚えてるよ」
「何を?」
「私が持ってた落書き帳にアリエルを描いた時、春樹くん似合わないって言ったでしょ。覚えてるよ」
アリエルはディズニー映画に出てくる人魚姫だ。昔から人気で、私はよく落書き帳にディズニーのお姫様を描いていた。
それをたまたま覗き込んだ彼に言われたのだ。彼はけなしているわけじゃなかったみたいだけれど、私にはショッキングな言葉だった。だって、いつも褒めてくれる彼がそんなこと言うのだから。
「けなしたわけじゃないよ。ただ、キャラクターモノの絵を描いてるところ見たの初めてだったから」
「それにしても、『似合わない』はないよ。芸術家はデリケートなんだから。もっとそっと扱って」
「じゃあこれからはもっと褒めるよ」
春樹くんはいたずらっぽい笑みを浮かべた。あまり見たことがない彼だ。いつもはもっと落ち着いているのに、こんな表情もするのだ。随分前から知っていたはずなのに、初めて見る顔だった。
私達は昔のことをたくさん話した。高校の時のことだけではなくて、もっと前のこと。私達が出会った少学生の時のこと。
彼は覚えていた。私だけが覚えていると思っていたことも、全部きちんと覚えていた。特別な記憶力を備えているのかと思うほど、彼の記憶は鮮明だった。
ずっとずっと保管していたみたいに、懐かしい記憶のことを話していた。
彼の話を聞いて私が思ったことは一つだ。
もし彼がその記憶を覚えた時に、何かの感情が動かされたのだとしたら────。
それが、私に優しくしていた理由だったのだろうか。
穏やかな時間も、優しい言葉も、その感情があったが故なのか。
彼もそれらを覚えているのだろうか。あれは小学生の頃の記憶だ。そんなことまで覚えているなんて────。
私は恐る恐る尋ねた。
「どうして、春樹くんはそんな昔のことまで覚えているの?」
「たとえば……今日が篠塚さんの誕生日で、俺がケーキを頼んで篠塚さんにあげるとする」
急なたとえ話に私は戸惑った。仕方なくうん、と相槌を打つ。
「でも、たぶん記憶にはあまり残らない。けど俺がケーキを頼んで、クラッカーを鳴らしたり誕生日の歌を歌ってお祝いをする。ケーキを切り分けたり、このケーキは篠塚さんが好きななんとかケーキだって説明したら、篠塚さんの記憶には残る可能性が高い。人って、感情を動かされた時のことをよく覚えてるらしいんだ。だから何かが起こった時にその人の感情が動けば、その時の景色だったり服装だったり、細かいことを覚えているんだ」
「……つまり?」
「俺にとっては心が動く記憶だったってことだよ」
────ああ、今この時が止まればいいのに。
私はフォークを握ったまま、すっかり彼の言葉に心を奪われていた。
見た目はだらしないしエスコートもできないのに、どうしてこういうところだけ格好いいのだろう。
それは、つまり、どういう意味? 彼の質問に逐一ホワイ? と言いたくなる。
だって、彼の答え方が曖昧なのだ。心が動いたと言うのなら、その理由を教えて欲しい。そこに私の欲しい答えがあってもなくても、なんでも受け入れられるだろう。
微笑んでいる彼の表情はなんだか切なげだ。私は無意識に期待し、そして勘違いしようとしていた。
由香が言っていたように、彼はもしかしたら自分のことを好きでいるのかもしれないと。
けれどだとしたら、なぜそんな昔のことまで覚えているのだろうか。彼は高校の時なぎさちゃんと付き合った。私のことを好きになるタイミングがあるとしたら、再会した今だ。けれどそれだと妙なことになる。
「感情と記憶はワンセットなんだ。私も覚えてるよ」
「何を?」
「私が持ってた落書き帳にアリエルを描いた時、春樹くん似合わないって言ったでしょ。覚えてるよ」
アリエルはディズニー映画に出てくる人魚姫だ。昔から人気で、私はよく落書き帳にディズニーのお姫様を描いていた。
それをたまたま覗き込んだ彼に言われたのだ。彼はけなしているわけじゃなかったみたいだけれど、私にはショッキングな言葉だった。だって、いつも褒めてくれる彼がそんなこと言うのだから。
「けなしたわけじゃないよ。ただ、キャラクターモノの絵を描いてるところ見たの初めてだったから」
「それにしても、『似合わない』はないよ。芸術家はデリケートなんだから。もっとそっと扱って」
「じゃあこれからはもっと褒めるよ」
春樹くんはいたずらっぽい笑みを浮かべた。あまり見たことがない彼だ。いつもはもっと落ち着いているのに、こんな表情もするのだ。随分前から知っていたはずなのに、初めて見る顔だった。
私達は昔のことをたくさん話した。高校の時のことだけではなくて、もっと前のこと。私達が出会った少学生の時のこと。
彼は覚えていた。私だけが覚えていると思っていたことも、全部きちんと覚えていた。特別な記憶力を備えているのかと思うほど、彼の記憶は鮮明だった。
ずっとずっと保管していたみたいに、懐かしい記憶のことを話していた。
彼の話を聞いて私が思ったことは一つだ。
もし彼がその記憶を覚えた時に、何かの感情が動かされたのだとしたら────。
それが、私に優しくしていた理由だったのだろうか。
穏やかな時間も、優しい言葉も、その感情があったが故なのか。