恋愛タイムカプセル
episode 8. あのころの私たち
────夢でありませんように!
────夢でありませんように!
私は起きるなりここが現実世界であることを実感して、そして祈った。
巷で流行っているライトノベルみたく夢オチなんてことにはならないで欲しい。なんといっても、憧れの王子様、春樹くんと両思いになるのは私の悲願だったのだから。
普段起床する時刻までまだ十分ほどある。目はバッチリ冴えているし眠くはないが、なんとなく暖かくて柔らかい布団に包まれたくなった。
私は布団の中で「ふふふふ」と不気味な笑い声を漏らしながらゴロゴロと転がった。たいして広くないシングルベッドの端から端を転げ回り、子供みたいに足をバタバタさせる。
いい加減、隣の住人にうるさいと言われそうだ。私は起き上がって出朝ご飯の準備をすることにした。
いつもはライ麦トーストを焼いてオレンジを切ったりインスタントスープを付けたりするのだが、今日はちょっと豪華にしようとソーセージを三本焼いて、パンにチーズを乗っけてみた。ちょっとしたことだが気分が良かった。
満面の笑みを浮かべて出勤すると、案の定由香に尋ねられた。抑えきれなかったのもあるが、彼女に聞いて欲しかったのもある。
「どうしたのよ。そんなにニヤニヤしちゃって」
「実は……両思いになったんだ」
「ええーっ!! 嘘!?」
由香はここがオフィスだということを忘れて飛び上がるほど────というか本当に飛び上がって叫んだ。
周りにいた社員のうちの一人が「どうしたんだ」と尋ねてきた。由香は「彼氏ができたんですよ!」と嬉しそうに話した。私の彼だけど。
「森里、彼氏できたのか」
「違いますよ。朝陽です」
「篠塚? 紛らわしいな」
それもそうだ。
由香のあまりの喜びように、私の方はいつの間にか冷静さを取り戻していた。二十五歳にもなって彼氏ができて大喜びしているなんて、子供っぽい。
今まで彼氏がいなかったわけではないけれど、春樹くんは特別だ。だから、とても嬉しい。
「ね、朝陽。彼氏できたよ記念パーティーしよ!」
「どんなパーティー……」
ちょっと呆れながらも、由香がこうして喜んでくれることは有り難かった。
高校の時は《《彼女》》という正規ポジションになれず、その立ち位置のなぎさちゃんが正しい、他は邪魔をしている悪者、みたいな空気感があった。
もちろんその通りだと思うけど、私は二人の関係を壊した悪者になってしまったからこんなふうに喜ばれることはなんだか新鮮だった。