恋愛タイムカプセル
 週末前、春樹くんから連絡があったので出張のことを伝えた。

 彼は『頑張って』と短い言葉を返してきた。恋人にしてはそっけない返事だが、彼らしい。おかげで私は遠慮なく静岡に旅立つことが出来た。

 土曜日、結城社長、桑原くんと駅で集合し、新幹線で静岡に向かった。
 場所は静岡だが、降りるのは掛川駅という今まで一度も降りたことがない駅だった。

 いつもは名古屋や大阪で降りるが、掛川は『こだま』しか停まらない。なんとなく田舎なのだろうと思っていたら、やっぱり田舎だった。

 掛川駅の周辺は思っていたよりも田舎ではなかったが、大阪駅とも、名古屋駅とも、東京駅とも違う雰囲気だった。

 高層ビルはまったくない。本当に田舎の街に来たというような印象だった。

 結城社長が引き受ける仕事のほとんどは東京の街中にあるか、少し街から離れている閑静な場所にあることが多いため、こういう雰囲気は予想外だった。

「お前、田舎だなって思っただろう」

 結城社長に言われ、私はしばらく間を空けてそうですと小さく答えた。馬鹿にしているわけではない。自分が小さい頃過ごした町もこんな雰囲気だった。

 ただ、結城社長の仕事場とは思えなかっただけだ。

「そんなに悪い町じゃない。治安もいいし、静かだ。せわしないとかいよかこういう場所が好きな人間もいるんだ」

「社長はここにいたことがあるんですか?」

「学生の頃な。割と便利だぞ。駅前にスーパーとか店が揃ってるし、自転車があったらそんなに遠くに行く必要もない。家賃も安かった。貧乏学生にはありがたかったよ」

 今や雑誌に引っ張りだこの結城社長とは思えない発言だ。

 とはいえ、彼は大変儲けているが豪遊するような性格ではない。オフィスや身の回りのものにはお金を使っているようだが、車は国産車だし作図する時もこれが書きやすいと百均のペンを愛用している。意外と苦労人なのかもしれない。


 現場までは少し距離があるため、駅前でレンタカーを借りて向かった。

 目的地は駅から四キロほど離れた場所だ。周りは茶畑が広がっていて、いかにも静岡らしい。

 現場は何も手付かずの状態で草が茫々(ぼうぼう)だった。敷地にはトラロープが貼られていたが、結城社長は難なく乗り越えてしまう。

「依頼主の土地なんだが、ご覧の通りでな。自然が多くていい場所だろう」

「いいロケーションですね。仕事しながらお茶畑が見えるなんて」

 私と先輩社員の桑原さんは一緒になって周囲を見回した。

 依頼主の神田茶園(こうだちゃえん)は静岡でお茶の製造、販売業を営んでいる。この周辺にある畑はすべて神田茶園の育てている茶畑だ。

 本社とは別にこの場所に営業所を作るため、結城社長に依頼してきたというわけだ。

「写真撮ったら本社に方に移動するぞ」

 私達はいくらか現場と周辺の写真を撮って、駅の近くにあるという神田茶園の本社に向かった。
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