恋愛タイムカプセル
「朝陽、一体どうしたのよその顔」
 
 オフィスに行くなり由香は私の顔を見て眉をしかめた。

 分かっている。今朝鏡で見たから知っている。今日の私の顔は最悪だ。化粧で誤魔化したものの、腫れぼったい目は誤魔化せなかった。

「うん……」

「うんって……ひどい顔だよ」

「分かってる」

「ちょっと待ってなよ。蒸しタオル作ってあげるから」

 由香はバタバタと給湯室に走った。私は溜息をつき、デスクに着いた。

 昨日はあまり眠れなかった。その上春樹くんから何度か電話が掛かってきたので、余計に眠れなくなった。

 三分ほどして、由香は私の元に戻ってきた。

「はい、これでちょっとはマシになるから」

 私は熱々の濡れ布巾を雑巾持ちのような形で受け取り、少しひらひらと熱さを緩和させてから瞳に当てた。じんわりと瞳が暖かい。少しだけほっとした。

「何かあった?」

 私は上を向いたまま、うん。と小さな声で答えた。油断しているとまた泣いてしまいそうで、それ以上は言えなかった。

「……よし。じゃあ、また話聞くよ。仕事忙しいだろうけど、程々にね。朝陽が泣いてたらみんなびっくりしちゃう」

「……大丈夫」

 布巾はすぐに熱を失った。けれどしばらく、それを取ることが出来なかった。

 まぶたの裏に彼となぎさちゃんの姿が浮かんで、また涙が出てきた。

 ────なにやってんだろ。こんなことで……。春樹くんのことは忘れてたじゃない。好きだったのも、ちょっとの間だけ。なぎさんちゃんのことだって、分かってたことだった。

 こうならないように彼と距離を置いたのに、あの日お酒を飲んだせいで忘れてしまったのだろうか。

 懐かしい優しさに触れて、あったはずの温かい記憶を思い出してしまった。
 いつまでも昔に縋り付いて先に進めない。
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