恋愛タイムカプセル
昨日の分の遅れを取り戻そうと私はなんとか集中して仕事をした。
それでも春樹くんからの連絡が途絶えたわけではなかったから忘れることはなかったけれど、最初の日よりマシだった。
歳末に詰め込まれた仕事のせいで帰りはかなり遅くなった。由香の言う通り、クリスマスまでに彼氏を作るなんて出来ないような忙しさだった。
クリスマスの予定なんて考えてもいなかったが、結局私もひとりになってしまった。
今年は由香を誘ってパーティでもしようか。賑やかな彼女がいれば余計なことを考えずに済む。
クリスマス仕様に変わった街角に溜息をついて、家路を急いだ。
この時期夕方になれば外はすでに真っ暗だ。住宅街の中に立つ私のマンションは廊下やエントランスに灯りがたくさんあるため遠くからでもよく見える。
ようやく帰ってきたとエントランスを潜り、郵便ポストからはみ出たチラシを抜き取って足元に置かれたゴミ箱に捨てていく。
残ったのは区役所からの郵便と、もう一通。見覚えのない封筒だった。
手紙なんて実家の母親からも滅多に来ないのにいったい誰だろうと封筒をめくる。そこには細い字で、「北原春樹」の名前が書かれていた。
「な、なんで春樹くんから手紙が来てるの……」
無人のエントランスに私の声が静かに響く。
とにかく中を開けてみようと、私は大慌てで自分の部屋に向かった。
扉を開けて真っ暗な部屋に電気を点け、荷物は歩きながら床に投げた。自宅で仕事できるようにと買った大きなテーブルの引き出しからハサミを取り、封筒の端を切っていく。
中に入っていた手紙を取り出し、開いた。
手紙は一枚だけだった。しかも、内容はたいして書かれていない。
『朝陽へ
この間はごめん。あの時、どうしても事情があって紺野さんに話しかけなきゃならなかった。不快な思いをさせてしまったけど、必要なことだったんだ。
多分朝陽は今、いろんなことを考えていると思うし、驚いていると思う。俺がどうして格好を変えてきたかとか、すごく不審に思ってると思う。
全部理由があるんだ。だからちゃんと説明させて欲しい。会って話したいんだ。
前に一緒に出掛けた時に、水道局に行ったのを覚えてるかな。土曜の十二時にそこで待ってる。
もし用事があるなら別の日でも構わない。
本当のことを全部話すから、君に会いたい」
手紙を読み終わった後、嬉しいやら悲しいやらでまた涙が流れた。
────事情があったって、一体なに? 驚いてるに決まってるじゃない。これ以上私に何を言う気なの?
私は浮かび続ける疑問をシャットアウトして手紙を閉じた。けらどまたすぐに開いた。
住所は多分、図書カードを作るときに書いた紙を見たのだろう。
わざわざ手紙を書いたのは彼が真面目だからなのか、それともこの話し合いが重要だからなのか。
行かない方がいい。事情というのは恐らく、彼の気持ちのことだろう。失われた時間を取り戻したいと彼女に言ったのだろうか。もう一度やり直したいと──。
同窓会で起きた出来事はことごとく私を奈落に突き落とそうとするのに、まだどこかで信じたいと思う私がいた。それは再会してからの春樹くんではなく、今まで見てきた彼という人間が、とてもそのような人に見えなかったからだ。
私が知る限り彼はとても優しくて穏やかで、温かい人だった。人を恨んだりするような人ではない。
でもならなぜ、姿を変えてまで私に会いに来たのだろうか。騙すつもりでなかったのなら、他に何があったのだろう。
会えば分かるだろうか。彼が何を隠しているのか。