恋愛タイムカプセル
「久しぶり。元気そうだね」
彼は愛想笑いを浮かべることもなく声を掛けた。私はあまりにも驚きすぎて、「うん」としか返せなかった。心のどこかでドッキリショーでも見ているのではないかと疑っていたが、いつまで経っても周囲からカメラマンは出てこない。
どうやら、本当にあの北原春樹のようだ。
「……久しぶりだね。えっと、立ち話もなんだし、お店行こうか」
私は動揺する心をなんとか落ち着け、精一杯愛想笑いを浮かべた。目の前の人物は実は、春樹くんに言われてやってきた彼の友人です、なんてオチを期待していた。
食事する店は私が選び、和食の店を予約していた。突然会うわけだから、雰囲気のあるイタリアンなんかに行っても変だなと思ったからだ。
『一銀』は何度も来たことがある店だから味も雰囲気も保証済みだ。料理もお酒もおいしいから男性ならまず間違いなく気に入るだろうと思った。
私達は小さな二人席に通された。しかしそうすると、彼の顔がよく見えてしまって私はまた混乱した。
「ドリンク何にする?」
「ビール」
尋ねると、彼はメニュー表を見てパッと答えた。彼もお酒を飲める歳になったんだと感じながら私はスタッフの女性を呼び止め、二人分のドリンクを注文した。
私はお酒は頼まず、ウーロン茶にすることにした。お酒があまり飲めないのもあったが、私の中で彼にお持ち帰りされる想像ができなかったのと、シラフのまま彼と話したかったからだ。
「春樹くんは何頼む?」
「別に、なんでもいいよ」
なんでもいいってのが一番困るのに。と思いながらも、私は無難なしらすサラダやお刺身の盛り合わせなどを適当に頼んだ。
正直、彼の見た目が変わりすぎてどんな話を振ったらいいかわからなくなった。あんなに楽しみにしていたのに、事前に考えていた話の内容は吹っ飛んだ。
「春樹くんは……今はどんな仕事してるの?」
「司書。図書館に勤めてる」
「へえ、司書かあ。そういえば、よく本読んでたもんね」
変わり果てた彼の姿の中にも、かつての彼と共通点があってホッとした。
「篠塚さんは?」
「私は建築事務所で働いてるの」
私はちょっとだけ誇らしかった。特別すごいことはしていないけど、言えば大概の人が格好いいね、とかすごいね、と言ってくれる職業だからだ。多分、あの結城ヒロの元にいると知ったらもっと驚くと思う。
彼は少しだけ微笑んだ。
「建築事務所か……すごいね。家を設計するの?」
「ううん、私はデザイン担当。いくつか部門があって、設計はもっと偉い人がやってるんだ。私は外構────えっと、ランドスケープ、じゃなくてお庭とか玄関のデザインをしてるの」
「なんだか難しそうな仕事だね」
「カタカナばっかりで嫌になっちゃうけど、楽しいよ。私は絵を描いて、お客さんに提案するのが仕事なの」
「篠塚さん、絵描くの上手かったもんね」
────そんなこと覚えてくれてたんだ。
見た目はかなり変わっていたけれど、彼の穏やかな口調はそのままだ。話していると、穏やかになる。優しい気持ちになれる。
そんな彼だから、高校の時は「王子様」なんてあだ名を付けられたのだ。
けれど────どうして今の彼は、こんなふうになってしまったのか。
こんなふう、なんて失礼だけど、あの頃と変わりすぎだ。
春樹くんは格好よかった。成績も良かったし、運動神経もよかった。女の子にもすごくモテていた。それが一体どうして、こんなことになるのだろう。