俺の名前はジョンじゃない!
 子供の頃に美咲は一度だけ子犬を黙って家に連れて帰った事がある。

 そのときは俺も一緒だったのだが、すぐにおばさんにばれてしまった。

 しかし、おばさんは「一度も捨てて来なさい」とは言わず、美咲と俺に自分はアレルギーがあって犬はおろか動物が飼えない事を分かり易く説明してくれた。だが、話の途中で急に咳き込み始めたおばさんは倒れてしまい、俺は急いで家から母さんを連れて来たので大事には至らなかった。

 安心したのも束の間、今度は喘息の発作を起こしたおばさんを見た美咲は自分のせいだと思ったようで、一人で勝手にいなくなっていた。

 みんなで大騒ぎをしながらあちこちを探していたら、この場所で泣きながら子犬を抱きしめている美咲を発見した。


 その姿を見たとき、俺は心が酷く痛んだ。


 美咲を始めて意識したのはあの動物番組を見ていたときだ。それまではうるさいだけの女の子だったのだが、あのときに見た笑顔で一発で虜になっていた。

 それからは時折見せる可愛らしい笑顔に心がときめいて、ますます好きになっている自分に気付いた。

 そんな大好きな女の子が悲しんでいるのにどうする事も出来ない自分が嫌で堪らず、そっと手を握ってあげる事しか出来なかった。

 でも、俺の手を握り返して優しく微笑んでくれたのを今でもはっきりと覚えている――。

「あまり遅くなったら、おばさん心配するぞ」
「……うん」

 暫く流れ行く雲を眺めていたが一向に話し掛けてくる気配のない美咲に違和感を覚えた。

 いつもなら話し掛けてくる頃合なのに今日はやけに長い。

 じっと下を向いたまま、唇を真一文字に結んだ美咲の横顔は言葉にするのが難しいほど暗く落ち込んでいる。
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