神獣の国への召喚 ~無自覚聖女は神獣を虜にする~
 土の色は地球と変わらない。森の木々だって、ピンクの葉っぱというわけではなく緑だし、幹は茶色で空は青で雲は白。
 異世界だって言われたってぴんと来ない。
 けど……。空の月が違う。
 怒りに任せて浩史と離れて歩き出したけれど……。知らない世界で一人でどうしよう。
 不安が胸に押し寄せる。
 立ち止まり、足元に視線を落とす。
 今から、浩史を追いかけようか?
 目に映るのは、土を踏みしめているスニーカーだ。
「土の上でもこの靴なら十分走れる……」
 ジーパンにトレーナー……。とても29歳女子が新宿に足を運ぶオシャレとはいいがたい。本当はもっと春色の綺麗なワンピースとか、かかとのあるサンダルとか……いろいろおしゃれしたかったなぁ。
 でも、浩史の隣に並ぶととてもバランスが悪くて。浩史とおそろいのような服装をしていた。子供のように唐突に浩史は楽しいことを見つける人だったから。「今から山に登ろうぜ」と突然言われたこともあった。「この靴じゃ無理だよ」と言えば舌打ちをされたりもした。それからだったかな。スカートもかかとのある靴もあまりはかなくなったのは。
「……あーあ。貴重な20代。もっと好きにおしゃれしたらよかったな……」
 私と婚約していたことが恥ずかしいだって。
 いい思い出だったとさえ言わないんだ。
 バカみたい。
 ぽたりと、地面に涙が落ちて、すぐに乾いて消えた。
 バカみたい。

「はぁー、泣いてる場合じゃない」
 グイっと顔を上げて道の先を見る。
 振り返らない。浩史の後は追わない。前を向く。前に進む。
「とにかく、道があるんだから道に沿って進めばどこかにつくはず。村か街か知らないけど……飲むもの、食べる物、それから寝る場所、そう、仕事……帰り方……いっぱい探さないといけない」
 幸いスニーカーだ。
 長距離歩くのに向いている靴でよかった。これだけは素直に浩史に感謝しよう。
 歩き続けること、1時間だろうか。
 リュックの中に入れてあるスマホを取り出し時間を確認。
「ああ、圏外って、当たり前か。ネットはつながらない。当然か。となると……」
 電源を落とす。いつまでもつか分からないけれど、電源を入れておくよりは長持ちするかな……。モバイルバッテリーもあるし、ダイナモソーラースマホ充電器もあると言えばあるけど、スマホは使わないよね。
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