神獣の国への召喚 ~無自覚聖女は神獣を虜にする~
 鞄の中にはほかに、財布に化粧ポーチ、食べられそうなものはない。
 荷物を鞄に戻して、リュックを背負う。そういえば、鞄が日本とつながっているっていう異世界にいっちゃう話を昔読んだよなぁ。無色独身アラフォー女子のなんとかっていう本。……あれ、言葉が通じなかったよね。大丈夫かな。
 リュックを背負いなおして再び歩き始める。
「新宿の街をいろいろ見ながら歩くと1時間なんてすぐなんだけどなぁ」
 たくさん歩いたつもりが30分程度しかたっていなかった。
 代り映えのしない景色に、話し相手もいなくて……時間がたつのが遅く感じる。
 どれくらい歩けば人のいるところに出るだろう。
 歩き続けずに、水だけ確保できるように何か探した方がいいだろうか?
 色々考えだすとこのまま日が暮れたらどうしよう、このまま食べるものも飲むものも見つからなかったらどうしよう、このまま……と、不安要素ばかりが頭をよぎる。
 そうじゃなくて、私が、どうするかを考えないと。
 仕事。何があるんだろう。私でもできる仕事はあるだろうか。
 浩史はギルドへ行けと言っていた。自分は勇者だとも言っていた。私だって、流石に勇者やギルドは知っている。
 勇者は魔王を倒す旅に出る者で、ギルドは冒険者が仕事を探しに行くところだ。
 私には冒険者は無理だ。
 大学3年の就職活動が始まったばかりのことを思い出す。上場企業だったりとか、総合事務職だったりとか、会社の名前や職種で絞っていく。そして、現実が見えてくる4年生。上場企業から名前は知っている会社、それから名前も知らない中小企業へ。さらには総合事務から事務、営業事務へと……就職は、自分が選ぶんじゃない、なんとか選んでもらわなければならないものだと意識が変わった。

 本当にやりたかったことを貫いた同級生なんて、誰も知らない。ううん、やりたかったことを貫いた人を一人知ってる。
 実家の農家を継いだ兄。
「私……」
 兄が継がなかったら私が継ぐって言うつもりだった。
「私のやりたかったこと……」
 繁忙期に実家に帰って手伝っていたことは、今では兄嫁の仕事になっている。
『ガウッ』
 はっ。今の鳴き声のようなものは何?
 考え事に熱中しすぎて、周りが見えていなかった。
 あたりを見回すと、20mほど先に犬のような、狼のような生き物がいてこちらを見ている。
「何、あれ……」
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