お嬢は若頭のぜんぶを知りたい。


……やめてくれる気になった?


そっと手をどけようとすると、急に引っ張られた右手。


彼は、その手を自分の口元へと持っていき




──……手の甲に、キスをひとつ。



「今はここで我慢します」


ぽつりとつぶやくように言うと、なにごともなかったかのように「行きましょう」と手を引いて歩く碧。


な、な、なにを!?
手にキスされた……!?、


どこにキスをされても、ドキドキすことには変わりない。


ま、まわりにだれもいないよね!?
今の見てないよね!?


きょろきょろとまわりをよく確認。
左右、前、よく見るがだれもいなくて。うしろを振り向けば……いた。


バチッと目が合った女の子。
おさげ、それからメガネが特徴のその女の子は……碧のクラスの子。


彼女は物陰かはひょこっと顔を出していて、目が合った瞬間ビクッとしていた。


み、見られてた!?
いつから!?いつから見てたの!?


キスのとこ!?
それとも、それよりも前!?
それよりも前だったら……碧がわたしのことを“お嬢”と呼んでいたのを聞いたかもしれない。


どうしよう……っ!
碧に相談……。


彼にもこのことを言おう、と思ったけれど。
……わたしは、声が出なかった。


“里古さん”
碧があの子のことを名前で呼んでいたのを思い出したから。


……言いたくない。
碧にあの子のことを考えてほしくない。
これ以上仲良くなってほしくない。


だから、わたしは黙っていた。

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