青いチェリーは熟れることを知らない② 〜春が来た!と思ったら夏も来た!!〜
瑞貴とチェリー、歩みだした物語
寂しそうな横顔に想いあふれて
『回りくどいことしてごめん。俺、チェリーが好きだ』
時が止まったような気がした。
周りの音は何も聞こえず、ただ瑞貴の優しい呼吸音とちえりの早鐘を打つ心臓の音だけが耳に響いて。
生まれてまだ数年も生きていない間に出会ったちえりの憧れの王子様。
本当なら抱き締められて名前を呼んでもらえるだけで嬉しくて幸せで。
いつもすぐ傍に居たのに、幼馴染という関係が壊れるのが怖くて。いつしか遠く離れ、別々の道を歩んで交わることのない人生だと諦めていた半年前までの自分。
(私もずっと好きでした。出会ったその日から、ずっと……)
心ではそう思っているのに。
しかし心と頭と口は同じ方向を向いてはくれなかった。
「……あ、えっっ!? 回りくどいこととか、好きって、誰がぁああっ!?」
(って……私ってばなに言ってんのっ!?!?)
まさかそんな瑞貴が自分を好きなわけがないと、自分の耳と記憶を否定するちえりに瑞貴は抱き締めた腕を緩め、眩暈がするような王子スマイルでわずかに頬を染めながら甘く視線を絡めてくる。
「何度でも言うよ。俺はチェリーが好きだ。一目惚れだったんだ」
「……っ!!」
(ひ と め ぼ れ――っ!?)
そんな素敵な名前のお米があったような……と、このシチュエーションにそぐわないことを考えてしまうちえりの思考を、瑞貴の御尊顔が一瞬にして引き戻した。
あの瑞貴が照れている。
誕生日のプレゼントや、バレンタインデーにチョコレートを渡したときのような……いや、それ以上の照れ具合だ。
(し、しかも……これはっ……ほんの少しデレが入っているっっ!!)
好きな人の照れ&デレがこれほどに尊いものだとは夢にも思っていなかった。
思わず拝みたくなる衝動に駆られたちえりだが、何かを待っている目の前の王子の視線にようやく気づいて首を傾げる。
「……」
「…………?」
「……ちえりの気持ちが聞きたいけど……、ここでする話でもないよな」
「あ……」
ふたりの世界に浸っていたあまり、遠慮がちにエントランスを通り抜けるスーツ姿の人たちをすっかり視界から除外してしまっていた。
頬に赤みの残る瑞貴は優しくちえりの手を引いてエレベーターへと誘うと、タイミングよく扉が開いた。
降りる人を見届けてから乗り込むと、慣れた手つきでボタンを押した瑞貴の横顔がちらりと見えた。
その顔はどことなく寂しそうで。
まだ夢を見ているような心地のちえりとは違い、現実を見ているその横顔が物語るのは唯ひとつ。
(センパイ……私の返事を待ってるっ!!)
告白した相手に返事がもらえないことがどれほど不安で寂しいことかくらいちえりにもわかる。
ちえりは胸が締め付けられそうになるのを、懸命な深呼吸で落ち着かせると――
「……ッ瑞貴センパイ!! わ、わたしも……センパイのことが、ずっと……す、好きでしたっっ!」
(言っちゃったぁああっ!! あぁあああっっ!!)
顔から火が……ではなく、むしろマグマが噴き出しているかもしれない。
あまりの恥ずかしさに瑞貴の顔が見れずぎゅっと目を瞑っていると、感極まったような瑞貴の声が頭上から降ってきて――
「……ちえりっ……」
熱を帯びた指先がちえりの顎へと添えられて。
さらりとした瑞貴の前髪を頬に感じるも……間髪置かずに唇に触れた柔らかな感触。
大きく目を見開いたちえりの脳内では、祝福を告げるチャペルの鐘が世界中から鳴り響いていた――。
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