青いチェリーは熟れることを知らない② 〜春が来た!と思ったら夏も来た!!〜
 ひとつの峠は越えた……と、安堵したのも束の間。瑞貴はそう簡単に放してはくれなかった。
 
「センパイ……寝てますか?」

 瑞貴の香りと腕に包まれ五感のすべてが彼に集中し、半ば興奮状態の午前二時。
 声をひそめたちえりはおかしな言葉を口走りながら存在する者の頂点、美の化身といっても過言ではない瑞貴の顔を横目で盗み見た。

「……面白い聞き方だな。眠れない?」

 そもそも眠っていたら返事は出来ないため、起きているかの確認ならばいざ知らず……寝ているかの確認は何のためなのか……瑞貴は口に出さず体を震わせて笑いを堪えている。
 それまで瑞貴は微動だにしなかったため、既に眠っているのかと思っていたが……即答するあたり覚醒状態にあったようだ。

「あ……ごめんなさい。……腕枕疲れないかなって……」

 ちえり自身、腕枕をしてもらいながら夜明けを待ったことなど……親意外、たぶん一度もないため気を使ってしまっているのもあるだろう。
 だが、涼しい顔してそれをやってのけるのは漫画の世界だけだとちえりは思っているため、申し訳なさから来る罪悪感で目が冴えてしまっていた。

「全然だよ。……俺が寝てないのは、寝るのがもったいないっていうのもあるけど……」

「……けど?」

「寝て起きたら夢だった……っていうのが怖くて眠れなかった」

 天井を見上げる瑞貴の瞳がわずかに揺れている気がする。

「センパイ……」

(センパイが感じている不安ってなに?)

 ちえりはそんな瑞貴の漠然とした不安に心当たりがないため、ただ自分という存在がこうして傍にいることを再認識してもらうため瑞貴の胸元にしがみついた。

「私だって……本当に夢みたいです。でも覚めない夢ならそれでもいいかなって思ったりしてる自分もいて……」

「そっか。世界にふたりきりっていうの……いいな。ちえりを誰かに取られる心配もない世界か――」

「誰かって……」

 ちえりが瑞貴の言葉に違和感を感じていると、その先を言わせまいとする瑞貴のもう一方の手が背中へと回されて。付き合いたての恋人同士が交わすようなフレンチキスが幾度となく繰り返された。

「ごめん。もう寝ような。おやすみチェリー」

「……はい。おやすみなさいセンパイ」

 それ以上の言葉は許してもらえないと、咄嗟に感じたちえりは大人しく頷いたのだった――。

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