君のことは絶対に好きにならない
ブブブブ……ブブブブ……
携帯電話が細かいバイブレーションを刻む。タクシーに揺られながら、私はバッグから社用携帯を取り出し通話ボタンをタップした。
「お休みのところ、申し訳ありません。いまどちらに?」
電話の向こうから、同じ課の後輩である瀬名くんの申し訳なさそうな声がした。
「自宅のそば。どうしたの?」
「上が至急相談したいことがあると」
彼には珍しい歯切れの悪物言いに、私は眉を顰めた。
「報告は昨日のうちに全て済ませてあるはずだけど」
「はい。今回はまた別件だそうで、自分が対応しようとしたのですが、あなたを呼ぶようにとの要請が」
チラリと腕時計をみた。もう家に着く。そこから化粧を落とすのに3分、シャワーを浴びるのに12分、髪は最悪乾かさなくてもまとめ上げてしまえば済む話だ。服を着るのに20秒、化粧をするのに2分、歯を磨くのに3分。
「……わかった。20分後に私のアパートの前に車を回せる?」
「それはもちろん……ですが、大丈夫ですか?」
「なにが?」
「自分の記憶が正しければもう3日ほど、まともに休まれているところを見ていませんが」
私はふと、いまもホテルのベッドで眠っているだろう上条くんを、そしてそのベッドと枕が思いのほか大きくて心地よかったことを思い出した。いいホテルを選んでよかった。あの枕、仮眠室に持ち込めないだろうか。
「ありがとう、昨日はちゃんと休めたわ。そのまま直帰していいから、帰り支度してから迎えに来てくれる?」
「承知しました」
電話を切り、タクシー運転手にお金を払ってから外に出た。ホテルを出た際に見上げたのと比べ、空には明るみが増していた。