一線をこえたら
最初に沙夜さんの話を聞いたのは、中学校にあがってすぐのことだった。
モテそうだから、中学生になったらバスケ部に入ろうと。私まで巻き添いにして特訓させていた識稀が、『架椰。やっぱり陸上部にしようぜ』と、爛々とした目で変更を提案してきたときから、ザワザワとした “なにか“ は感じていた。
理由を追求する私に、
『理想の女神に出逢えたっぽいんだよね!
2つ上で吹奏楽部っぽいからさ、陸部なら、センパイの練習場所の窓からみえる範囲じゃん?グランドを颯爽と走る俺に、ヒトメボレしてくれる奇跡を狙おうと思って』
当時で、約10年。誰よりもチカクでみてきたはずの識稀は、私の知らないカオをして。Vサインとか。史上最高にうかれたまま、ハツコイ を知らせてきた。
……家族だと思っていた識稀に対して、水面下で育っていた自分のキモチに気づいたのも、この時。
今だけ。
結局は私をと願っても、4.5年もの間、識稀の想いがブレることは、たったの一度だってなかった。
一緒に通っている高校だって、識稀が、沙夜さんを追いかけて選んだほどに。
かつてないくらいに、ぎゅうっと。しがみついて伝えてくる熱が、痛ければ痛いほど、識稀のなかは、沙夜さんでいっぱいなんだと思い知る。
「…識稀?」
今日だって、沙夜さんに誘われたからと私を振ったくせに、なんでこんなに弱ってるのか。
少し前にした私の質問に、なかなか答えてくれない識稀の髪にふれて呼びかけると、やっと、識稀は顔をみせてくれた。
私と識稀が、オトコとオンナだったら、キスをするような、その距離で。
「……俺さ、諦めなきゃだわ」
「沙夜さんのこと?」
「……」
私以外のオンナを想って顔をゆがめている識稀は、涙は流してなくても、たしかに、泣いていた。
傷ついていた。
「なんで」
識稀が沙夜さんを諦めてくれたら、私にもチャンスは巡ってくるのかもしれない。
それでも理由をきいたのは、沙夜さんに彼氏ができたことがあっても、変わらず想い続けた識稀のコトバだとは、思えなかったから。
「……弟に、なるらしーよ」
「……え?」
「俺が、沙夜さんの」