一線をこえたら
「……な、にいって」
天井を仰いで目元をかくしていた識稀が、顔を覆っていた手をどけた、その隙を狙って。
すっかり無防備になった識稀へと口づける。
こうでもしなきゃ、太く硬く引かれた一線は、こえられない。
…こうまでしても、ただ失うだけでしか、ないかもしれないんだから。
「……っ」
ぎこちなくふれてみた唇は、いい加減わたしをみてと、そんな想いばかりがあふれる。
正解なんてわからなかったけど、予想以上に識稀のくちびるはやわらかくて。今、私が、たしかに識稀の唇を奪ったんだという実感に、ヤケドをしそう。
いっそのこと、その熱にとけてしまいたかったけど。
……ねぇ、識稀は?
どんな風に感じてる?
熱を宿した唇をわずかにはなして、のぞきみた先で、識稀は。
…きっとまだ、状況に、追いついてない。
それでもよかった。
家族以外になれるなら。
たった一度でも、オンナとしてみてもらえるなら。みてもらいたくて。
識稀の理性が働かないうちに、もっと、もっと。と。
つけ込むように、なんどか、識稀の唇をとらえる。
……束の間だけやわらかかった唇も、なんどめかのあと、識稀の意志でかたくなって。
私の体は識稀から少し、はがされてしまったけど。
「……っダメだ。架椰は、抱かない」
今、私の下にいる識稀は、間違いなく、家族ではない、オトコの顔にかわっている。
それは、あくまでも私が煽ったからで。
それ以上でも、以下でもないけど。
私は、何年もずっと。
識稀の、余裕のなくなるこの顔をみたかった。
熱をもった瞳で、みつめてほしかった。
「……架椰じゃないよ。
識稀はこれから、沙夜さんを抱くの」
……例え識稀が、私の奥に、他のオンナをみてたとしても。かまわないから。
もう、なんでもいいから。
「ちがう。架椰は、架椰だ。
架椰でしかない。抱けるわけないだろ」
識稀が今、混乱するほどギリギリのところで保っている理性を、こわしたい。
15年ちかく築き上げてしまった、家族という、呪いのような一線を、こえていきたい。
くずしたい。
「……識稀は、私を抱けるよ。
だってまえに、私と沙夜さんを間違えたじゃない。気づかなかったけど似てたんだなっていったのは、識稀だよ?」
「……っ!」
くずしたいの、識稀。
くずしたいよ。
いい加減、もう。