一線をこえたら
識稀はいま、4.5年想いを寄せていた沙夜さんの弟になる現実に、ひどく苦しんでる。
私の無鉄砲でむちゃくちゃな提案を、冷静に考える余裕なんてないし、そんな場合なんかじゃないし。こんな時にやめてくれよって思うキモチもあると思う。
識稀が、沙夜さんへ募らせてきた想い、真っ直ぐでキレイな眩しすぎる恋心は、識稀が想いを寄せてきた時間・熱量と同じ分だけ、私だって感じてきた。目の当たりにしてきたから。
痛いほど、イヤになるくらいに思い知らされてきたからこそ、識稀が傷ついてるこんな時に、あわよくばって、識稀の逃げ場をなくしてること、自分でも、嗚咽がするけど。
家族という、出口のない一線をこえるには、今しかない。今以上はない。あり得ない。
そんな今に。ホントウは、識稀がすきって言ってしまいたい。
純粋なキモチだけで、私たちの間にある、一線をこえたいけど。
だけど。
今、識稀のくるしみに、純粋なすきは無意味でしょう?
……だから。ごめんね、識稀。
こんなカタチで、ごめん。
ひとたびでも手を伸ばしてしまったら、堕ちるところまで。
それは、識稀から沙夜さんの話を聞かされる度に、かたまっていった覚悟。きめていたこと。
……似たような感情を、思えば、さいしょに声をかけたあのときにも、抱いていたのかもしれない。
『シキくん。パパのこと、カヤのおうちでまちなよ』
声をかけたらずっと、識稀のソバにいると。
識稀のソバを、はなれないと。
もう2度と、識稀がかなしい想いをすることがないように。私がまもると。
幼いながら一丁前に、そんなことを。
……15年近く、宝箱にしまって大切にしてきた純粋なキオク。
唯一のきらめきをもっていたそれを、自らの手で、かき消すことになってしまったけど。
引き金を引いてしまった以上、後戻りはできないの。
「……沙夜って、呼んでいいから」