薄暮刻偽夫婦(うすぐれどき にせのめおと)
「だいじょうぶ大丈夫、夜中でもわたしが来たら喜んでくれますから。」
「この前は伏見の呉服問屋の娘って言ってたじゃねえか。
徳てめえ、いつか女に刺されんぜ。」
この堀田徳太郎という男、ちょっとした評判の色男で
蔵之進の知っているだけでも
両方の指が埋まる人数の女と今まで付き合ってきました。
また相手も嫁入り前の娘から夫に先立たれた後家の女性、
町娘もいれば武家の娘、果ては遊女に芸者と見境がないのです。
そのくせ女難にはとんと見舞われず、また懐具合と心意気の両方で
如才なく女を幸せにする術に長けていましたので
常にその時その時の甘酸っぱい恋を楽しんでいるようでした。
「けれど、けど私、お金なんかありやしませんよ?
蔵之進さんにだってまだ何も。」
どうやら自分の衣服について話がまとまったらしいことに気づき、
あわててお紅は話に割り込みました。
服どころか、ここの食事代さえ払うお金なんて持っていないのです。
蔵之進はともかく、徳太郎がなぜここまで良くしてくれるのか分かりません。
「ははははッ。進さんが女連れなんて面白いもの見た駄賃と思ってよ。」
「ところで進さん、この子の宿はどうするんだい?どこかへ奉公してるの?」
「いや、それがだな……。どっかの店(たな)にでも叩き込むか。」
お猪口を傾けてから、歯切れの悪い口ぶりで蔵之進はそっぽを向きました。
手持ち無沙汰に煙管をいじる手が、拗ねた子どものようでもあります。