薄暮刻偽夫婦(うすぐれどき にせのめおと)
「やあれ、やれ。ようやく一息つけるぜ。」
「思ったより綺麗……火も使えるみたいです。」
彼らの住まいは板張りの一間、入り口の土間には
かまどが鎮座した台所も作ってあります。
蔵之進はあぐらをかいて煙管を取り出しました。
「……ここで、暮らすんですね。」
静かに腰を下ろし、古くなって色のくすんだ天井を
見回していたお紅がぽつりとつぶやきました。
蔵之進は煙管に火を入れ、そうだなと一服がてら生返事します。
それからはごろんと寝転んで、押し黙っておりました。
「よう。どうして身投げなんぞしやがった。」
煙管を咥えた蔵之進が、口から言葉をこぼすようにお紅に聞きました。
聞いたお紅は肩を一瞬だけ震わせて、
重い口をなんとか動かそうと努力しています。
ここまで訳も聞かずに面倒を見ていた蔵之進ですが、
ともに暮らすとあってはそうもいきません。
お紅の事情を知ろうと決心したのです。
少しして、お紅が京よりずっと東にある村で生まれたのを
ぽつりぽつりと話し始めました。
貧しく、何人もきょうだいの面倒を見ていたこと。
痛々しい表情の父親が、自分を人買いに預けた朝のこと。
親を恨むよりも、幼い弟や妹が心配だった京までの道中のこと。
そして、いきなり後ろから賊に斬りかかられた
人買いが目の前で殺されたこと。
道を外れながら無我夢中で逃げて、
茂みの中で必死で息を殺して賊から逃れたこと。
草履も脱げた格好で、ようやく着いた京の三条大橋を渡ったこと。
そんな格好のお紅を、どこの店も門前払いしたこと。
どこにも行き場はないと、五条大橋から川へ飛び込んだこと。
時々どもりながら、また声が詰まって中断しながら
お紅はゆっくり、ゆっくりと身の上を話して、
話し終わる頃には西の空へ陽が傾き始めていました。
「いちおう、合点はいった。」
同情するわけでもなく、理由を聞いた時と同じ
そっけない口調で蔵之進は煙をふーっと吐きました。
それから起き上がるや、怖い顔でお紅を見ます。