薄暮刻偽夫婦(うすぐれどき にせのめおと)



「それで、蔵之進さん。これを。」



腹がいっぱいになって、井戸から汲んだ水で二人は喉もうるおしました。
灯の油も心もとないので寝るかとなった時、
お紅は懐から例の書状を差し出したのです。



「これ、結局なんなのでしょう。」



お紅には思い出すのも恐ろしい出来事でしたが、
なぜ浪人たちが通りすがりの自分を殺してまで
これを求めていたのか、その理由は気になりました。



「よせよせ。こういうのはな、
 見たら見ただけ災いを呼ぶんだ。」



関わらねえのが吉だ、とけんもほろろに取り合わない。
こうは言ってみた蔵之進ですが、
どのみち朧月党は自分たちを見つけたら襲ってきます。
何より、好奇心が蔵之進の頭にむっくりと起き上がっていました。



「ちくしょう、読んだとこでどうせ持ち主は三途の川だ。」



意を決した蔵之進は、しわくちゃになった書状を鷲づかみにします。
川に落ちて水の乾いた和紙は、ところどころ貼りつき
開けるのに苦労しましたが幸い読めぬことはありませんでした。



「以下の者、志を同じくする者なり。」
 
「くれぐれも薩州殿へ伝え候。」
 


字を習わなかったお紅は読むことができませんでしたが
右端には滲んだ墨で、短くこのようにありました。
書きつけをじっと見る蔵之進は、文章を理解しているようです。



文章のあとには、いくつかの名前が連なっています。
おそらくこの名前の主たちが
手紙の言う志を同じくする者なのでしょう。



「どうも、こいつはきなくせえ。」



眉をひそめた蔵之進は、頭の中で考えをめぐらせているようでした。



薩州とは薩摩、今の九州にあった薩摩藩のことです。
まるでこの手紙の主は、自分の協力者を
密かに薩摩藩の誰かへ伝えているようではありませんか。



「朧月党は、この中身を知ってやがったんだ。」

「ひょっとしたらその男を殺したのだって、奴らかも知れねえ。」



難しい顔であれこれと可能性を並べてみる蔵之進を、
お紅はわけもわからず不安そうに見ていました。


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