薄暮刻偽夫婦(うすぐれどき にせのめおと)
「そうと決まったら寝ちまおう。
明日はこれからの備えがあらぁ。」
そう言われた矢先、お紅はあることに気づきました。
前にここに住んでいたのは、確か独り身の男だったはずです。
お婆さんは、備え付けの道具は彼が住んでいたままと言っていました。
つまるところ、寝具も彼の分しかないはずです。
「あの、私……そのままで寝ますから……。」
「馬鹿たれ、女を放り出して高いびきをかくつもりはねえや。」
「てめえが布団に寝ろい、てめえが。」
はたして、寝具は部屋の隅に
ひとつきりしかありませんでした。
お紅が布団を使えの一点張りな蔵之進ですが、彼女は彼女で譲りません。
昼間に癇癪を起こしてしまった弱みも
お紅にあるにはあったのですが、
一蓮托生になった以上はお世話される側でいたくない。
娘なりのけじめも彼女の頑固さを手伝っています。
「だあ、まだるっこしい。」
「それなら、こうしてやる。とっとと追い出しやがれ。」
いい加減に困り果てた蔵之進は、
お紅の考えもしない行動に出ました。
まず自分が敷き布団にどっかり座り、
すかさずお紅も引っ張り込みます。
それから二人ごと、掛け布団を被ってしまいました。
「ちょっと、蔵之進さ……!」
「ほら、蹴飛ばすでも引っ掻くでもしやがれっ。
でないとこのまま朝まで居座るぞ。」
狭い布団の中ですから、お紅は否応なしに
蔵之進へくっつくことになりました。
彼は煙の匂いに混じって、やっぱり白檀が香ります。
それに広い胸板や、岩みたいな腿だって
お紅に押し付けられるのです。
河原のように緊迫した事態でないせいか、
あの時よりよほど蔵之進の体を感じられました。
お紅は名前どおり、真っ赤になりましたが
蔵之進の思惑にはしたがいませんでした。
彼の着流しのたもとをぎゅっと掴んだまま、
胸に頭を埋めてふるふると肩を揺らしているのです。
「……絶対、でていきませんから。」
「強情張りやがって……仕方ねえ。ならこいつで手打ちだ。」
蔵之進は遠慮がちにお紅の背中へ腕を回し、そっと抱きます。