薄暮刻偽夫婦(うすぐれどき にせのめおと)
蔵之進は女性の扱いに経験が浅いわけではないのですが、
お紅に対してはどこか不器用になってしまいます。
彼女のように酸いも甘いも口に入れたことのない、
そんな女性は京でも江戸でも見かけないのです。
「曲がりなりにも夫婦だ、文句はねえな。」
「文句なんて、言いません……夫婦ですから。」
こう返事するのが、お紅には精いっぱいでした。
蔵之進の顔などとても見られません。
心の臓がきゅっと縮んで、ずっと息苦しいのです。
「あの……。」
「なんだ。」
「これから、進さんって呼んでかまいませんか。」
灯の消えた、真っ暗な部屋の中。
蔵之進の体温を感じるお紅の問いかけに
好きにしろと彼の言葉が降ってきます。
これが、その日の終わりに二人が交わした言葉でした。
この夜の続きは、またいずれの時に。