薄暮刻偽夫婦(うすぐれどき にせのめおと)
強情さに参った蔵之進は、はぁっとため息をつきます。
それからお紅の頭に手をやりました。
「なあ、曲りなりにも夫婦だろ。」
「お前に命ぐらい賭けたって、罰は当たらんと思わねえか。」
穏やかな声で、ただし真剣な顔をして蔵之進は説きました。
彼は心からお紅を、救おうとしているのです
実際どんな気持ちなのか彼にも分かっているわけではありません。
それでも、ともに生活をはじめた一週間のうちに
蔵之進はお紅を最後まで守ると思うようになっていました。
「…………本当に。」
「気をつけてくださいね。」
観念したようにお紅は、こう返事をしました。
人が身を賭した好意を受けるのは、覚悟のようなものが必要です。
お紅は自分の運命を託すほかにも、
そういう覚悟をここで決めたのです。
「ようし、これから忙しくなるぜ。」
「待ってろ紅、てめえだってもうすぐ大手を振って外を歩ける。」
また薄暮れの時間がやって来ました。
暗くなって一日の生活が終わり、朝にやって来る明日を待つ時間です。
一度終わったと思われたお紅の人生は、
蔵之進と再び歩みを始めました。
彼女の薄暮れの時はもうすぐ終わり、
新しい朝がやって来るのかも知れません。
すべては、蔵之進の策にかかっています。
布団を買い足す余裕は結局できませんでしたから、
彼らはその日も二人で一つの布団を使いました。