薄暮刻偽夫婦(うすぐれどき にせのめおと)
ところが夜明け前とは、得てして一番暗い時間でもあります。
日も暮れたころ長屋から少し離れた街角で、
浪人と身なりの良くない男が会っていました。
「間違いないのだな。その長屋にいるのは。」
「へい。あの顔は忘れませんや。」
ひとりは朧月党の浪人、蔵之進に蹴飛ばされた顔には
痛々しく横一文字に包帯が巻かれています。
そしてもうひとりは、以前に蔵之進が長屋から追い出した男です。
男は長屋を立ち退かされたのを恨みに思って、
大家の老婆にお礼参りをしようとこっそり様子を窺っていたのです。
ところが蔵之進が長屋に住み始めたので、
彼を恐れる男の計画はあえなく頓挫してしまいました。
その愚痴を居酒屋でひとりこぼしていたのを
浪人が聞きつけ、声をかけた次第です。
「あの、お約束のもんはもらえるんで。」
「よく教えてくれた。持ってゆけ。」
うやうやしく銭の包みを受け取る様にも卑屈さが滲む男を、
浪人は冷たく見下ろしていました。
彼が背中を見せた時がその男の最期となるからです。
人の命よりも金を惜しむ浪人自身の浅ましさには、
浪人は気づかないようでした。
この夜の続きは、またいずれの時に。