薄暮刻偽夫婦(うすぐれどき にせのめおと)



「五条の橋で女相手に弁慶の真似事かい、ちと笑えねェ芝居だな。」



ざん、としっかり砂利を踏みしめるのが聞こえたかと思うと、
また違う男の声がしたのです。



口調は歯切れの良い江戸なまりをしていて、
京ではそれほど聞くことのかなわないものです。
若いがひどく皮肉げに響くその声は、
お紅よりも朧月党と名乗った三人組を仰天させました。



「な、何だ貴様っ。ちんぴらの出る幕ではないわ。」

「怪我せぬうちに行け、行けぃ。」



お紅からは朧月党どもの体が塞いで様子がよく見えませんでしたが、
木陰よりぬーっと出てきたのは背の高い男のようでした。
不意を突かれながらも三人組の、丸顔の男が居丈高に追い払う仕草をします。



「天下の往来をどこへ行こうが俺の勝手。
 不愉快きわまる輩を咎めるのも、また俺の勝手よ。
 刀を抜かん限りは関わるまいと決めてたんだ。」

「つまりだ。刀を抜いたお前ぇらが悪い。」



通りすがったのは総髪の髷を結い、黒地に金糸を雲のようにたなびかせた着流し
さらに手には尺の長い煙管といういでたちで
渡世人、すなわちやくざ者も同然の見た目をした人物でした。



渡世人の男は素足に歯の高い下駄履きで、這いつくばったお紅からも
着流しから覗く引き締まった足の腱が見て取れます。



髪は月代を剃らない総髪で、髷を傾奇者のように結ってあります。
居住まいはどこか品が良く、
吸って吐く煙とは別に体から高級そうな香が匂いました。



そんな男が、朧月党からお紅への行く手をすっと塞いでしまったのです。


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