本能レベルで愛してる~イケメン幼なじみは私だけに理性がきかない~
千帆ちゃんは本当に一切警戒心なく、俺との間に教科書を置いてくれた。
それにしても、この子、本当に俺のフェロモンが効いてないのかなー?
不思議に思ってじーっと千帆ちゃんの顔を見つめていると、彼女は訝しげな表情になった。
「何、私の顔に何かついてる⁉︎」
「ううん、いつでもキスできるくらい隙だらけだなーって」
「またそんなことを言って……」
心底呆れた顔をされたので、本当にフェロモンにあてられていないのだと分かった。
どうしてだ? 絶対にフェロモンの作用には、逆らえないはずなのに。
幼なじみのことが好きだから、効かないってこと?
そんな非現実的なこと、起こり得るわけがない。絶対にあり得ない。
「……たい」
「ん? 三条君、何か言った?」
「ううん、何も」
やっぱり壊したい。
千帆ちゃん自身のことも、千帆ちゃんと紫音君の関係も、全部ぶっ壊してやりたい。
だって、目の前でそんな純愛じみたものが成立していたら、俺はこの先どうやって生きていったらいいのか分からなくなってしまう。
不自然なものを排除したいと思うのは、自然な気持ちだろう?
◯
「三条君、ばいばいー!」
「うん、ばいばい」
「キャー! 挨拶返してくれた……!」
赤面しながら去っていく女子たちを見て、ああ、今日もなんて何もない一日だったんだろうと思う。
下駄箱に靴をしまいながら、俺は作り笑いを徐々に緩めた。
学校内の男子からも羨望の眼差しをひしひし感じ取り、自分はすでに嫉妬されるような存在でもなく、一般人との格が全く違うことを自覚している。
家は高級レストランをいくつも経営する大金持ちで、俺の未来は完全に保証されているし、結婚相手だって一般人では到底出会えないようなレベルの人が用意されることが決まってる。
何をどう切り取ったって勝ち組。そう、αは生きる羨望。
欲しいものは何もないし、失って困るものも何もない。
そんな、退屈で空白な人生が用意されてる。
「おい、お前が三条星だな? ぶっ飛ばしてやるから来いよ」
校舎から出ようとすると、金髪で柄の悪い大柄の男子生徒が明らかに敵意を剥き出しにして、待ち構えていた。
タイミングから予想するに、この前寝た先輩の彼氏だろう。
俺はハアとため息をついて、何も言い返さずにスルーして通り過ぎようとする。
しかし、とんでもない力で肩をギリッと掴まれ、立ち止まらざるを得なくなる。
「テメーを許さねえ。愛美(まなみ)のことを誘惑しやがって……」
「何言ってんの? メス顔になって言い寄って来たのは、あんたの彼女の方だからね?」
「黙れよ」
ゴッという音が突然響いて、次に右頬にじんじんと痛みを感じた。
鉄の味が口の中に広まって、静かな怒りがふつふつと湧いてくる。
周りの生徒が騒ぎ出したのを見て、俺は冷たい瞳をその男に向ける。
「いいよ、場所を変えよう」
丁度今日は苛立ってたんだ。
いい遊び相手が見つかってよかった。
少しは面白い一日になるかもしれない。
「ぐっ、クソ……!」
ドサッと無様に倉庫の床に倒れ込む男を見下ろしながら、俺はため息をつく。