本能レベルで愛してる~イケメン幼なじみは私だけに理性がきかない~
私が否定する間も無く、三条君は「じゃあ放課後ね」と言って手を振り、一限の教室の場所へと向かってしまった。
隣でうっとりしてるタケゾーの肩を揺らして、私は声を荒らげる。
「ちょっとタケゾー! 正気に戻って!」
「ごめん千帆……。三条君が化粧品何使ってるのかだけ、聞いておいてくれない? お願い!」
「バカー!」
必死に叫んだけれど、イケメン大好きなタケゾーとかおりんは、恍惚とした表情を浮かべているだけだった……。
イケメンを前にすると全く脳が働かなくなる二人であることを、すっかり忘れていた。
◯
「星ー、今日お弁当作ってきたの。よかったら食べて?」
「あ、ずるい! 私も今日作ってきたんだよー? こんな冷凍食品ばっかりのより、絶対美味しいよー」
「ちょっと先輩たち、おばさん臭いお弁当渡すのやめてくれません?」
お昼休みになったけれど、三条君は今日も同級生、先輩問わずに女子に囲まれてキャーキャー言われている。
紫音がいないことで、三条君のファンが今日はやけに目立って見えるなあ。
紫音派の生徒と三条君派の生徒の雰囲気は少し違って、どちらかというと三条君派には派手な美人の先輩が多い。
三条君は今も、手作り弁当を贈り合う女子に揉まれながら、それを笑顔で受け流していて、本当に凄いと思う。毎日アイドルやるなんて、絶対紫音なら無理だ。
「千帆ー、ご飯行くよ」
「はーい」
私はそんな彼を横目に見ながら、かおりんに呼ばれ食堂へと向かったのだった。
昼休み終わり。
なんだろう……。学食を食べて教室に戻ると、部屋の中の空気がどことなく重苦しい気がする……。
それはタケゾーとかおりんも同じなようで、教室に戻るなり「なんなのよ、このどすぐらい空気は!」と騒いでいた。
席に着いてチラッと隣にいる三条君を見ると、バチッと目が合う。
彼は色素の薄い茶色の瞳を細めて、「ん?」と短く問いかけてきた。
今は生物の授業中。私は声を出さずに「なんでもない」と言う意味を込めて首を横に振る。
しかし、よくよく周りを観察すると、三条君のそばにいつもいる女子たちから、どす暗い空気が放たれていることに気づいた。
それに反して、三条君はかなり清々しい表情をしている。
いったい、何があったんだろうか……。何か三条君が毒でも吐いたのだろうか……。まあでも、私には関係のないことだろうし……、きっと触れない方がいい。
重たい空気に背筋をぞくりとさせながら、生物の授業を終えた。
放課後。私は三条君との約束をどうするかと考えながら、荷物をまとめていた。
どうにか断ろうと気持ちを固めていると、三条君の顔がいつの間にか目の前に迫っていた。
「千ー帆ちゃん、今日一緒に美味しいもの食べに行こう?」
「お、美味しいもの……」
「うん。駅前にできたパフェ専門店、千帆ちゃん好みだと思うよー。奢るからさ」
首を傾け、私のことを上目遣いで見ながら、そんなことを言ってくる三条君。
た、食べ物で釣ろうとしているなんて、ぐぬぬ……!
なんとか理性を保って断ろうとしたけれど、三条君にエンスタの写真を見せられて、お腹がぐーっと鳴ってしまった。
「ひ、ひどいよ。そんなの見せられたら食べたくなっちゃう……」
「うん。だから食べよう? それに、そんなに警戒されたらいくら俺でも傷つくなー」
「えっ……」
急にしゅんとした態度を取られて、思わず動揺する。
たしかに、ちょっとチャラチャラしたαだからって、こんなあからさまに避けようとしたら気分悪いよね……。
それに、この距離の近さが彼の基本なのかもしれないし……。あと普通にパフェは食べたいな……。
そんな私を見透かしたように、三条君はさらに詰め寄ってくる。
「友達として、今日一緒に美味しいもの食べよう? ね、千帆ちゃん」
「うーん」
彼との距離の取り方は私も考えたいと思っていたので、もしかしたらこれはいい機会かもしれない。
面白がってちょっかいかけてくるのはやめてもらって、もし普通の友達になれたなら……、αやΩの特異体質の悩みもお互い相談できるようになるかもしれない。
それに、三条君、この前公園でひとりぼっちでいた時、少し元気がなかったしな……。もしかしたら、聞いてほしい話があるのかも。
「分かった。一緒に行こう」
決心してそう伝えると、三条君はパッと顔を明るくさせた。
「やった。じゃあ、決まりね。あ、部活休むって言ってくるから少し待ってて」
「えっ、三条君て部活入ってたの⁉︎」
「うん、バスケ部。助っ人要員だから出たい時だけ出てるんだよ。すぐ戻るからちょっと待ってて」
そう言いながら、三条君は教室を颯爽と出て行ってしまった。
いつもふら〜っと好きな時に帰ってるイメージだったので、運動部に入ってるだなんて知らなかった。
でもたしかに、紫音もたまにサッカー部の助っ人で呼ばれてる時あるなあ……。仕事の手伝いがたまに入ったりするからという理由で、部活には所属していないけれど。
あ、そうだ。このこと、紫音に連絡しなきゃ。
多分絶対怒るだろうけど……。
「ちょっと、あなたが花山千帆とかいう女?」
スマホを取り出してメッセージを打とうとした時、急にピリピリした声で話しかけられた。
驚き顔を上げると、いつの間にか目の前には三年の先輩が五人ほど立っていた。
真ん中にいるリーダー的な存在の先輩はたしか、チア部の部長でいつも目立ってる白鳥(しらとり)先輩だ。彼女の真っ直ぐな黒髪は胸の下まであり、セクシーな雰囲気が漂っている。
「えっと、はい……」
戸惑いながらも返事をすると、白鳥先輩はぐっと私の顔を覗き込んできた。
それから、恨みたっぷりな大きな目で私を睨みつけてくる。
「あなたのせいで……、星はおかしくなったんだわ」
「え……? あの」
「連れてきなさい」
「わ! なんですか急に……!」
私のせいで三条君がおかしくなった……? どういうこと?
疑問に思ったのも束の間。白鳥先輩の合図で、背後にいた四人の女生徒が、私の両腕を無理やり掴んだ。
そして、そのまま教室の外まで引っ張られてしまう。
「え! あの、ちょっと……!」
「もー! 花山さんたら、今日こそカラオケ行くわよ!」
廊下ですれ違う人に不審に思われないようにか、取り巻きの人たちは架空の会話を続けて、私を無理やりどこかに連れ込もうとしている。
白鳥さんは私の先を歩いて、外にある運動用具の倉庫までたどり着くと、ピタッとその場に止まった。
え、待って待って……! 頭が追いつかないよ! 私もしや今、監禁されそうになってる⁉︎
なんて思った時にはもう遅く、私は気づいたら人気のない暗い倉庫の中に押し込められていた。