本能レベルで愛してる~イケメン幼なじみは私だけに理性がきかない~
乱暴に放り込まれたせいで尻餅をついてしまった私を、白鳥さんは冷たい瞳で見下ろしている。
「いったい何人フェロモンで誘惑する気なのよ……。堂々二股かまして、この売女! 汚らわしい!」
「ば、ばい……⁉︎」
白鳥さんの突然の暴言に、私は目をぱちくりさせる。
二股なんて言葉、初めてリアルで聞いたよ……! もしかして、紫音と三条君のこと⁉︎
「さっき星が急に、“好きな子できたから、もう連絡してこないで”なんて言ってきたわ……。相手が誰か問い詰めたら、それがあなただって……信じられない! こんなぼうっとした女のどこがいいの!」
「ええぇ⁉︎」
だから今日のお昼休みの後、あんなにクラスの空気が重かったんだ! 納得!
三条君、カモフラージュで言うにしても、それは酷いよ……!
どう考えたって三条君の取り巻きの恨みを買うに決まってるのに……!
テキトーな女子の名前を言ったんだろうけど、あんまりだよ……。うう……。
「あ、あの白鳥先輩。それは絶対何かの間違いかと……」
「星はね、誰のものでもないから価値があるの。特定の人と恋愛なんて、そんなつまらないことしていい人間じゃないの」
「つ、つまらないこと……?」
勢いよく怒りをぶつけてくる白鳥先輩の声を遮って、私は思わず聞き返す。
特定の人と恋愛するのはつまらないことって、今、ものすごいを言ったような……。
「バカみたいにフェロモン撒き散らすだけで男が寄ってくるようなあんたなんかを好きになるなんて、星には幻滅だわ!」
「え、えっと……」
「星は完璧な人間なのに!」
そこまで聞いて、私は少し悲しい気持ちになった。
他人に何かを期待することは自由だけど、期待と違う行動をされたからって、それでその人に裏切られたと感じるのはおかしい。
三条君は、皆の人形なんかじゃない。
『んー、でも俺が急に冷たくなったら女の子たちびっくりしない?』
公園で、壊れそうな笑顔を作っていた三条君のことを思い出して、少し胸がキュッと苦しくなった。
私は立ち上がり、白鳥先輩としっかり目を合わせる。
「白鳥先輩。三条君に、少し期待を押しつけすぎなんじゃないでしょうか」
「はあ……?」
「もっとちゃんと、理想や期待を外した世界で、そのままの三条君のことを見てあげてください。三条君のことが好きなら……!」
「何いい子ちゃんなこと言ってんのよ!」
ぶんっと手が飛んできて、私は思わずギュッと目を瞑った。
ビンタされる……!そう思ったけれど、いつまで経っても痛みはやってこない。
そっと目を開けると、そこには頬に微かに汗を垂らし息を乱している、三条君がいた。
「待って。何? この状況」
走ってきたのだろうか。珍しく焦った様子の三条君は、白鳥先輩の腕をしっかり掴んでいる。
白鳥先輩は顔面蒼白になっていて、何も言葉を発せない様子だ。
「廊下にいた奴らに教えてもらって来てみれば……少女漫画の泥沼シーンみたいなことになってんじゃん」
「ほ、星……! 私たちはこの子がどっちつかずで星のことを弄んでると思って……それで……」
「それ、ありえないから。俺が勝手に好意寄せてるだけだから。ていうか、万が一そうだったとしても、こんなこと俺は望まない」
いつもの三条君とは違う冷たい言い方に、先輩たちは固まっている。
三条君は呆れたように深いため息をついて、ゆっくり白鳥先輩の手を離した。
「今度この子にこんなことしたら、タダじゃおかないからね?」
「な、なんでこんな子のこと、そんなに……」
「ねぇ、俺、思ったより冷たい人間なの分かってるでしょ? 傷つきたくないなら、もう帰った方がいいよ。じゃないと、今君に何言うか分かんないから」
「っ……!」
三条君の言葉にぎゅっと唇を噛み締めて、白鳥先輩は倉庫から出て行った。
私はその一連の流れを胃の痛い思いで見守りながら、ビンタされそうになってドキドキしていた心臓をなんとか落ち着かせる。
こ、怖かった……。前に紫音のファンに囲まれた時とは憎悪のレベルが違った……。
震えた手を握りしめていると、三条君が私の手をそっと大きな手で包み込んだ。
それから、いつものチャラチャラした感じとは違う、罪悪感たっぷりな弱々しい声で、「ごめんね」と一言言い放った。