本能レベルで愛してる~イケメン幼なじみは私だけに理性がきかない~
「αとΩの恋愛なんて上手くいくわけないって……」
「……なるほど」
「ふ、深い意味があったりするのかな? 私勉強不足で……、一般的に難しいものなの?」
そう問いかけると、三条君はすごく難しい顔をして腕を組んだ。
「うーん、難しいことはないけど、千帆ちゃん達みたいに、恋愛感情から番になる人たちはかなり珍しいね。なぜなら恋愛感情なんかより、遥かに本能的欲求の方が大きくて、コントロールできないものだから」
「ほ、本能的欲求……」
「理性を100%失ったら、もうそれは別人だよ」
そんなこと、今まで考えもしたことがなかった。
感情と欲求の違いなんて……。
もしかして紫音は、それを気にして、私を無理やり襲ったりしないように、一定の距離を置いてくれてるのかな。
「まあ、俺も、今コントロールできるか分かんないけどね? だってこんなに綺麗な格好してるんだもん、千帆ちゃん」
「わっ……!」
トン、と壁に手を突いて、三条君が私との距離を縮めてきた。
驚き思わず声を上げるも、三条君は構わず私の目を真っ直ぐ見つめてくる。
「綺麗、本当に」
「あ、ありがと……」
色素の薄い、ビー玉みたいに綺麗な瞳。
その美しさに、思わずまた拝みたくなる気持ちになったけれど、私は慌てて目を逸らす。
そんな私の顔をグイッと再び正面に向けて、三条君はそっと耳元で囁いた。
「……まだ俺、全然諦めてないからね」
「えっ……」
「なーんて」
思い切り困惑した顔で三条君のことを見つめると、彼はすぐにパッと表情を切り替えて、冗談めかしく笑った。
こ、こうやって何人もの女子が彼の虜になってきたんだろう……。なんて危険な人なんだ……!
私は「からかうの禁止!」と注意して、部屋の中に入ろうとした。
しかし、その手をパシっと掴まれ、止められる。
「ねぇ、鈴山さんには他には本当に何もされてない?」
「え、う、うん……」
「あんまり近づかない方がいいよ。紫音君も多分、今彼女のことを詳しく調べてるんだと思う。パソコン借りたいって言われてたし」
「そ、そうなの……?」
「まあ、俺たちがいるし大丈夫。おやすみ、千帆ちゃん」
ゆっくりとドアを閉められ、今度こそ私は部屋の中にひとりになった。
鈴山さんについて謎だらけのままひとりにされても、なんだか気持ちが落ち着かないんですけど……。
なんて思いつつ、部屋の豪華さに驚いてしまう。
「す、すごい! 紫音の会社のホテルが提携してるだけある……」
床一面には絨毯が敷き詰められていて、猫足の家具はピカピカに磨かれている。
三人は余裕で寝られるくらい広いベッドは、天蓋付き。
この前泊まった、紫音のホテルと同じくらい豪華な部屋だ。
私はそっとベッドに腰掛け、そのままゆっくり体を倒してみる。
目を閉じると、さっき三条君に言われたことが蘇ってきた。
『恋愛感情なんかより、遥かに本能的欲求の方が大きくて、コントロールできないものだから』
それはつまり、好きな相手にも簡単に理性がきかなくなる、ということなんだろう。
番になればお互いのフェロモンをコントロールできるようになるけど、それまではきっと困難なことがある。
紫音を大切にできるように、私も何かできることを考えていきたいな……。
そんなことを考えていると、隣の部屋からガシャーン!と何かが激しく割れる音が聞こえた。
「紫音⁉︎」
いったい、なんの音⁉︎
私は慌ててガバッと起き上がり、紫音がいる隣の部屋へと向かう。
幸い鍵が空いていたため、ノックもせずにドアを開けた。
「紫音、どうしたの⁉︎」
「来るな千帆‼︎」
紫音の足元にはグラスの破片散らばっていて、彼は苦しそうに床にうずくまっている。
来るなと大声で言われたけれど、私はもちろん紫音の元へと駆けつけた。
「どうしたの? 気持ち悪いの? 目眩?」
「離れて、頼む、千帆っ……」
「え……?」
「やっぱり、あのジュース、変なの入ってた……っ」
苦しそうに呻いている紫音。
私は紫音の顔を覗き込みながら、必死に彼の言葉を拾おうとする。
変なの入ってた……って、どういうこと?
ジュースって、鈴山さんが持ってきてくれたぶどうジュースのこと?
とにかく水を飲ませなきゃと思い、ローテーブルに置かれているペットボトルの水を取ろうとすると、そのそばにある開きっぱなしのパソコンに偶然目がいった。
その画面には、ある記事が表示されていた。
『別称・別れ薬? αの興奮を高める薬、ティーンの間で広まる。目的は、αとΩの恋人関係を破綻させるためか』
別れ薬……? 何、それ……。
茫然としながら、パソコン画面を見つめる。