官能一夜に溺れたら、極上愛の証を授かりました
 貴裕さんの手が、私の頬に触れる。目尻に浮かんだ涙を拭うと、もう一度優しく頭を撫でてくれた。

「もう美海に、そんな思いはさせたくないんだ」

「でも私、まだ……」

「踏ん切りがつかない?」

 うん、と頷くと貴裕さんは悲し気な笑みを見せた。私はまた、彼にひどいことをしている。その笑顔に胸が軋む。

「ゆっくりでいい。俺はずっと待ってるから」

「ありがとう……」

 貴裕さんと静かに見つめ合う。貴斗の寝息を聞きながら、胸の中にポッと温かな火が灯る。私が自分のこだわりを捨てて、素直にその胸に飛び込めたら、どんなにいいだろう。

 貴裕さんが、私の気持ちが固まるのを待つと言ってくれていることに、感謝せずにはいられなかった。


「こんにちはー、どなたかいらっしゃいませんかー?」

 しんみりとした空気を破るように、裏口の方から声がする。

「誰か来たみたい。ちょっと行ってくるね」

「ああ」

 呼んでいたのは宅配便業者だった。ひぐらし荘宛ての荷物を受け取ってふたりがいる部屋に戻ると、貴裕さんは貴斗の隣に横になって寝入っていた。

< 103 / 226 >

この作品をシェア

pagetop