官能一夜に溺れたら、極上愛の証を授かりました
 目につきやすいようボードを高く掲げて辺りを見回しても、釣り客らしき人はもう見当たらない。

「あれ、おかしいなぁ……」

 数えるほどしかいなかった釣り具を持った乗客は、私が掲げているボードに目を留めることもなく通り過ぎて行った。

「時田様、時田様いらっしゃいませんかー?」

 何度か呼びかけて見ても、私の声に反応する人はいない。ひょっとしたら、名前を間違えてるのかも。それとも、フェリーに乗り遅れた? それなら、ひぐらし荘に連絡が入っているかもしれない。素子さんに連絡してみようと、ジーンズの後ろポケットからスマホを取り出した時だった。

「……美海?」

 自分の耳を疑った。

 私を呼ぶ、懐かしい声。ずっと忘れたくて、でもたまに夢に現れては、私に忘れることを許さなかった。

 そんな、まさかと思いながら、おそるおそる後ろを振り返る。フェリー乗り場に続く自動ドアの前に、その人が立っていた。

「貴裕さん……」

 のどかな島にはおよそ不似合いな三つ揃え。仕事を途中で切り上げ、そのまま飛んできたのだろう。少し乱れた前髪が、ふたりが初めて出会った夜を思い出させる。

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