官能一夜に溺れたら、極上愛の証を授かりました
 貴裕さんは直々に、ひぐらし荘に予約を入れていた。

「私がいるって知ってて?」

「そうだよ。ようやく君の居場所がわかって、すぐにスケジュールを調整した。いつ東京を発てるかわからなかったから、直前に予約を入れる羽目になったけど」

 ということは、私の現状もある程度把握しているということだ。……ひょっとして、貴斗のことも? 不安になって貴裕さんの様子を窺ってみても、貴斗のことを口に出す気配はない。

 突然のことに動揺して、心臓の音が鳴りやまない。それでも私は宿のスタッフとしての仕事を全うすることにした。

「とりあえず、宿に案内するわ。車を持ってくるから、ここで待っていて」

「わかった」

 送迎用の軽トラでターミナルの入り口に乗り着けると、声に出さずとも、貴裕さんが驚いたのがわかった。

「……これを美海が運転するの?」

「そうよ。荷物預かるね」

 まだどこかぽかんとしている貴裕さんに手を差し出すと、反射的にボストンバッグを私に預けてくれた。

 東京にいた頃も花の仕入れや配達でバンを運転してたのに、何をそんなに驚いてるんだろう。不思議に思ったけれど、そういえば私達は、お互いのことをそこまで深く知らない。

 ああ、そうか。そういう姿も見せる前に、私達は別れてしまったのだ。

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